| 2005年4月13日(水)「中国の反日デモ/小泉首相の靖国神社公式参拝と<新しい歴史教科書を作る会>の責任」 これまでになく中国の反日感情が高まっている。中国政府は、人々の中国政府への不満・不平・ストレスを、日本に向かわせて、反日感情を持つことで国内の安定を得ようとしているのだろうが、同時に、小泉首相の靖国神社公式参拝や中国や朝鮮半島への侵略戦争を正当化する「新しい教科書を作る会」などの右派政治家たちの責任もとても重い。これだけ大きな問題になっているのだから、彼らは顔を出してきちんと説明し責任を取るべきだ。 かつて日本が行った侵略戦争を反省していることを示すには、小泉首相が靖国神社に公式参拝するのをやめるべきだ。戦没者や死刑になった戦犯者を戦争の犠牲者として弔うことは良いことだと思うが、靖国神社にはA級戦犯が祀られている。しかもここは国民を戦争に動員し、戦争で命をかけて戦う兵士や軍人たちの心を鼓舞するための役割を果たした場所だ。ドイツで言えばナチス幹部の墓地に首相が公式に参拝するようなもので、これはやはり「反省していない」と受け取られても仕方がない。ドイツやイタリアでは、首相(大統領)が、ヒトラーやムッソリーニを追悼することはけっしてしない。それは、かつての大殺戮や戦争を誤りと認め二度とくり返さないという立場に立っているからだ。 また靖国神社に祀られている「国家のために戦死した人」というのは、当時の国家体制に従って(従わされて)亡くなったと判断された者だけであって、空襲で亡くなった人などは含まれていない。つまり、死者を差別し選別して祀っているのが靖国神社なのだ。国家が個人の死に意味づけをして良いのだろうか? 国家によって、個人の魂の価値を決められて良いものだろうか? 国家が、人間の魂の領域に介入することは、人権にかかわる問題だ。 ほかにも千鳥ヶ淵戦没者墓苑や国立沖縄戦没者墓苑などある中で、あえて異論の多い靖国に首相が参拝を続けるのも変だ。日本には「内政問題なんだから口出ししないでほしい」みたいに言う人も多いが、これは他国を巻き込んだ戦争の歴史を私たちがどうとらえているかという問題なので、内政問題ではない。関係国が不快感を示すのは当然だ。 明治政府は、国家神道という宗教を作り、天皇を現人神(あらひとがみ・生き神)と呼んで神格化し国民すべてが天皇に従い、命まで捧げるように説いた。「祖国のために死ぬこと」を教義化して、国民を戦争に動員した。靖国神社は、明治天皇の勅令によって、戦没者を慰霊するために創建された。日本のために死んだ兵士たちを英雄として顕彰し、褒め讃え、神として靖国神社に祀り、そのことによって「後に続け」と新たな戦争に国民を動員していくメカニズムを作り、靖国神社はそのための装置だった。 靖国神社には、そういった旧日本帝国のイデオロギーが生き続けているから、日本の首相が靖国神社を公式参拝することは、近隣国に「かつて中国や朝鮮半島などを侵略戦争をしたことを肯定している。反省していない」と受け取られるだけでなく、たんに「戦死した人を祀る」以上の日本国政府として今も国家神道を奉じている、というようなニュアンスを持つ。実際、右派の政治家たちは、過去の侵略戦争を反省せず、それどころか正当化して、戦死した日本人の愛国心を見習えという姿勢だ。 小泉首相は、首相になる前の自民党総裁選挙の時に、自分が総裁になり首相になったら、必ず靖国神社に参拝すると日本遺族会(戦没者の遺族の会)に約束して、日本遺族会の票を獲得した。だから、自分の信頼と地位を守るために、靖国神社を参拝するのを止められないのだ。だがそのせいで、日中の関係が悪化している。小泉首相の靖国神社公式参拝はとても迷惑だ。靖国神社参拝は個人の自由なので、政治家がプライベートで靖国神社を参拝するのは、別に構わないのだが。 たとえ、靖国神社の代わりに、国立追悼施設を作って戦没者たちを祀っても、国家が戦没者の追悼主体となる時、その追悼が「祖国のために死んだ」兵士を讃え、美化し、顕彰する儀礼となり、戦没兵士を国民の「模範」へと高めることとなって、新たな戦争へ国民を動員していくことが可能になるとしたら、問題は解決されない。 竹島は、日本と韓国で共有して、野外パーティとか、ヨン様の日韓合同イベントなどに使えば良いのではないだろうか。 東シナ海の日中境界線で中国が天然ガス開発をしているという問題も、日本と中国が共同して天然ガス開発をして解決すれば良いと思う。 首相の靖国神社参拝問題について、下記のページが参考になります。 http://www.hankaikennet21.org/faq/faq9.htm 2005年4月10日(日)「渚音楽祭」 毎年、代々木公園でやっていた春風という野外パーティを楽しみにしていたのだけど、少し前から場所が代々木公園からお台場のOPENCOURTに変わり、渚音楽祭という名前で野外パーティをやっているそうなので行ってみた。 音楽も雰囲気も良くて楽しかったのだけど、舗装されていない場所では強風と群衆の踊りのために砂塵が舞い上がっていた。どのトイレにも人が沢山並んでいて、ちょっと不便。アスファルトで舗装されている場所にあった星ステージが、一番好みだった。 私はTSUYOSHIやDOMINOが好きだったのだが、砂塵のため月ステージであまり踊れなくて残念だった。星ステージで踊ることが多かったのだが、やっぱり踊った後は気持ちが明るくなる。心理療法では、ダンスセラピーというのがあるそうだ。何かの本に、祭がある村では犯罪が少ない、祭りがない村では、犯罪が多くなる傾向にあると書いてあった。踊りと音楽の祭りで、鬱積されたものが発散されれば、青少年の病理や犯罪も少なくなるのでは、と思う。 実際、不平不満やストレスがあり鬱積したものがあると、攻撃心が出てきて、争いにもなるし、平和的ではなくなる。不平不満やストレスが鬱積したところで暴力や紛争や戦争が起きやすくなる。 私としては、若者だけではなく、中高年や老人や障害者の人々も来てみんなで踊って楽しめるような、もっと社会に開かれたイベントになれば良いなと思う。 世界中の若者も中高年も老人も障害者も、政治家も大企業の社長もセレブも、みんな踊って楽しめば、人に優劣のレッテルを張って決めつけたり、戦争、紛争などするのがバカらしい気分になると思う。そんな不思議な力が音楽と踊りにはあるのだ。 渚音楽祭のレポート http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1083216/detail ![]() 2005年4月6日(水)「小林よしのり・著『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL戦争論1〜3巻』幻冬舎」 メールマガジンより 今日ご紹介するのは小林よしのり著「新・ゴーマニズム宣言SPECIAL戦争論1〜3巻」です。 反米右派の著者が都合の良い歴史の情報を選び取り、歴史観や思想を描いています。 これを読むにあたって、歴史の裏付けとなっている一次史料や物的証拠に、絶対的な信用を置いてしまって良いものかどうか、疑いの視点も必要であることを心得ておくべきでしょう。 (この本に書いてあることを盲信してしまう方は、読まない方が良いです) 平成12年に、藤村新一という権威ある考古学者が遺跡のデッチ上げ工作で逮捕されました。 そのため、歴史の教科書にある記述も書き替えることになったのです。 おそらくこの事件以外にも、水面下で捏造が行われてきた物的証拠や一次史料が存在するのではないでしょうか。 この本では、慰安婦問題や南京大虐殺事件などについて、一次史料や物的証拠がないために、そういった旧・日本軍の悪行はなかったのだと主張しております。 その主張のどの程度が事実なのか、中国側の主張のどの程度が事実なのか、私にはわかりませんが(慰安婦問題も南京大虐殺事件もおそらくあったと推測しますが)、当時の日本が自国にとって都合の悪い史料などは処分してしまった可能性も高いと思います。 情報がつまっていて、興味深く読んだのですが、小林よしのりの主張には共感できませんでした。 小林よしのりの主張とは次のようなものです。 「戦時中の特攻隊は、日本のために命を捨てて戦った。 死にたくないという私心を抑えて、日本を守りたいという公共心のために戦った。 その勇気は素晴らしい。 旧・日本軍は、東アジアを占領していた欧米列強の差別主義者の白人と戦い、アジアの人々に勇気を与え、独立を促した。 戦争の中で、祖国への愛と勇気が試され、自己犠牲の感動が生まれ、誇りの貴さを思い知ることもあった。 今の日本人は、生きている実感もなく、国に誇りを持つこともなく、国のために生きようとする公共心もなく、臆病で、自分のことしか考えていない。 今の、生きている実感さえもない日本人よ、日本のために戦う勇気を持ったら、もっと生き生きとした人生になるぞ。 大東亜戦争を肯定し、戦った祖父たちを誇りにして見習おうではないか。 国のために死んだ祖父たちを祀ってある靖国神社を大事にしようではないか。」 というものです。 確かに日本人は、仕事をすることも家庭を持つことも、社会のために尽くすためというよりは、自分のために行っている人が多いと思います。 日本人が、国に誇りを持ったり、社会のため国のために貢献しようとする気持ちが希薄なのは、人と人との信頼関係が希薄なためではないかと私個人は思っています。 故郷のために母国のためにと想う時、その根底にあるのは心が触れ合った記憶ではないでしょうか。 心が触れ合った記憶が少ないと、社会や国のためを想って何かをするというエネルギーがなかなか湧いてきません。 心の触れ合う人間関係がなかなか築けないというのが、日本の大きな問題だと思います。 だからといって、過去に日本人が行った戦争を正当化することで誇りを持たせ、国家の一部品として人々が動員されるのを良しとする言動をするのは、間違っています。 これは、戦争を誘ってしまう安易で未熟なナショナリズムです。 小林よしのりが言う「愛国心」とは、自国さえ良ければ良いという、エゴイスティックな自国への執着です。 例えば、自分の子供が他人の家を壊して盗みを働いたとします。 子供の悪行を正当化するのが親の愛でしょうか? 親が本当に子供を愛していたら、悪行を反省させて正しい道へ導こうとするはずです。 右派の言う「愛国心」とは、利己的で、それを押し進めると自国も他国も破壊して狂いをきたすものです。 実際、旧・日本軍が行った中国・朝鮮への侵略のせいで、日米戦争が起こり、今もなお、北朝鮮や中国や韓国と安定した信頼関係を築くことができずに人々は不安を抱き、アメリカに追従していなければなりません。 日米戦争では、日本は負けるとわかっていて自国の「誇り」や「愛国心」のためにアメリカと戦争をした、その「誇り」や「愛国心」を見習うべきだと小林よしのりは言っています。 しかし、自滅するのがわかっていて戦争を選ばなければならなかったという「誇り」や「愛国心」のせいで、今もなお日本は苦しんでいるわけです。 日本が繰り返してきた戦争や侵略が、負の遺産となって、子孫代々に重くのしかかっているわけです。 さらに小林よしのりのような右派の思想を持つ政治家や文化人のせいで、中国や韓国との関係がさらに不安定になり、北朝鮮との関係も悪化しています。 まったく迷惑です。 彼らに「愛国心」など「国の誇り」などと言う資格はありません。 竹島や尖閣諸島の問題は別として、教科書には過去の戦争を正当化したり美化したりする記述を載せることはやめるべきだし、靖国神社への公式参拝もやめるべきです。 戦犯たちを日本を先導した模範として弔うのではなくて、戦争の犠牲者として弔うべきです。 過去の戦争を反省して中国や韓国や北朝鮮との関係を良好にしていくことが、日本の歴史を大事にするということであり、アメリカに対しても嫌なことにはNOと言い、平和に導く意見やアドバイスを通す毅然とした国になることが、日本の誇りを取り戻すことだと思います。 小林よしのりが言うように、生きている実感がない日本人は多いですが、だからといって特攻隊で亡くなった人々を崇拝して特攻精神を薦めるのは、ネガティブだし危険です。 あの時代は貧しかったし、個が発達していなかったために、簡単に大日本帝国にマインドコントロールされてしまい戦争のために命を捨てることができたのです。 今のように高度経済成長を果たした日本では、権利意識も高くなっていますし、個も発達して個人は好きなことや楽しめることを持っています。 それを捨てて獣のように殺し合うやり方で、かけがえのない命を落としたくないです。 人間は高度なコミュニケーション能力を持っているのだから、冷静で公正な対話で問題を解決するのが文明国のやり方です。 生きる実感を得るためには、好きな事ややりたい事に打ち込むのが良い方法だと思います。 人類の歴史を振り返ると、世界中の国々が紛争、略奪、侵略、虐殺、戦争を繰り返しています。 これは、人々の差別意識から生まれているのではないでしょうか。 野蛮なエゴや欲望が、差別の対象である弱者や弱い国に向けられているのです。 今でも日本には、かつて日本が北朝鮮を侵略したことの責任を取らないままに、北朝鮮の悪だけを追及して経済制裁しようとする人々が沢山いますが、これも朝鮮人への差別意識があるためではないでしょうか。 拉致被害者の横田めぐみさんのものとされた遺骨を「別人のもの」と鑑定した帝京大学の吉井富夫講師が、警視庁の科学捜査研究所(科捜研)の法医科長として採用されるということです。 しかし、イギリスの「ネイチャー」という権威ある雑誌では、この鑑定は科学的なものではないと主張しています。 http://list.jca.apc.org/public/aml/2005-March/000849.html 中国や韓国の人々が、過去に自国を占領したアメリカやロシアやフランスやイギリスなど欧米列強の国々の罪は糾弾しないで、日本の罪だけを糾弾するのも、日本への差別意識があるからではないでしょうか。 彼らは、中国の毛沢東や蒋介石が行った罪に対しては、声を上げているでしょうか。 人々が特定の国の悪行だけを追及するのは、差別意識からのいじめであり、政治に利用されているからではないでしょうか。 世界中の国々が自国の戦争・侵略・略奪・弱肉強食の歴史を反省し責任をとるべきです。 アメリカはインディアンを迫害して建国したことを反省するところから始めないといけないです。 (アメリカは沢山反省すべきことがありますね) もちろん前述したように日本も、中国・韓国・朝鮮などに攻めていったことを反省すべきだし、世の中が良くなるためには、世界中の人々が反省し変わっていかなければ、問題が解決しないと思います。 まずは、色眼鏡や偏見の目で人間や国を見て勝手に価値を決めつけたり、レッテルを張ったり、差別する風習をなくしていくべきです。 差別意識から、紛争、略奪、侵略、虐殺、戦争など弱肉強食の争いが生じると思うし、差別意識は、色眼鏡で見たり偏見の目で見たりレッテルを張ったりすることから生まれます。 人間や国に対して、差別意識を持たないようにしたいものです。 自分がされて嫌なことは他の国の人にとっても嫌なことですよね。 同じ人間ですから。 自国の文化に誇りを持ちつつ、国境を越えた人間としての公共心を持つことが大事です。 第二次世界大戦後の東京裁判では、アメリカ、中国、ソ連、イギリスなどの戦勝国には有利で、敗戦国日本にとっては不利な差別的な判決が下されました。 小林よしのりによれば、この時、南京大虐殺事件も戦勝国によって大げさにでっち上げられ、日本の罪が大きくされたそうです。 こうした差別も正して、日本の責任だけではなく、戦勝国の各国の責任も問い、中国、韓国、北朝鮮との関係を良くしていきたいものです 戦死した方々も、再び戦争を起こさないように、と天国で願っておられることでしょう。 戦争という悲劇や過ちを伝える文芸作品やドキュメンタリーがたくさん遺されています。 こうしたメッセージをきちんと受け取り、戦争を二度としないことが、祖先を敬うことであり、自国や他国の文化を尊重することであり、本当の愛国心だと思います。 長文となりましたが、お読みいただいた方々、ありがとうございます。 ところで、2004年10月13日に配信したメルマガに書いた雨宮処凛の「ともだち刑」が単行本になりました。 オンライン書店の「ともだち刑」のページ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062127962/qid%3D1112748877/250-0314418-5754666 下記の私の10月13日日付の日記にも「ともだち刑」の感想が書いてあります。 http://www.matsunaoka.net/diary/diary2004-09101112.html それではまた。 ---------------- 渚音楽祭 4月10日(日) 場所:お台場 9:00〜21:00 http://www.nagisamusicfestival.jp/200504ja/about.html -------------------- 【イラン関連のイベントや映画情報】 http://www.moji.gr.jp/iran/ ----------------------------- 【難民を排除しないで】 イラン人ジャマルさんを支援する会 クルド人難民二家族を支援する会 http://www.bekkoame.ne.jp/~pyonpyon/fjc/j.htm ------------------------------- 【メールマガジン】 「イラン映画を知ろう」(イラン映画の情報が得られます) http://excite.freeml.com/cats/entertainment/movie/movie/docudrama-freeml.html -------------------------------- 【反戦デモ・シンポジウムのお知らせ】 WORLD PEACE NOW もう戦争はいらない http://www.worldpeacenow.jp/ -------------------------------- 【市民運動や社会運動に関する様々な情報】 http://list.jca.apc.org/public/aml/2005-April/thread.html 「織物製作については手織日記に書きます」 どうも、この日記に本の感想や時事についての考えや織物制作の話題がごちゃ混ぜになっていると、居心地の悪さを感じてしまう。 私にとっては書くことは自衛のためであり目に見えぬ力に対しての戦いである。一方、織物製作は、私にとっては無心に遊べる天国のような世界である。 表現という意味では同じだが、向かうベクトルが反対方向なのだ。 そのため、両方の話題が同じ場所にあると、どうも違和感を感じてしまう。 織物製作に関しては、この日記にはなるべく記さないことにして、次回から手織日記の方に書くことにします。 よろしくお願いいたします。 2005年3月9日(水)「綴織の裂織は難しい!?」 綴織というタテ糸が見えないようにヨコ糸を強く打ち込む織り方で、着物生地や自分で染めた布を裂いて織る裂織をやってみたい。 裂織タペストリーを作ろうと、綴織用の強度のある細いシルクの糸を精錬して染めて機にかけて、試作をしてみた。 糸を強く張りたいため、機は東京手織機繊維デザインセンターの綴織専用竪機を使用。正直、細いシルク糸をタテ糸にするのは、とても難しかった。東京手織機繊維デザインセンターの社長さんは、この機は細いシルク糸をタテ糸として使うことを想定して作っていないからね、とおっしゃっていた。 東京アートセンターの若松先生に相談したら、若松先生がご使用になられているものと同じ麻糸を薦められた。この麻糸をタテ糸にすると、しっかりとした仕上がりになるそうだ。 綴織は、タテ糸の選択がとても重要だ。強度があり、なおかつ細いタテ糸を使いたいとなると、なかなか選択が難しい。試行錯誤は続く。 ![]() ![]() ![]() ![]() 2005年3月5日(土)「『私たち どうして人間じゃないの?』雨宮剛・編」 メールマガジンより みなさんは、東京の国連大学前で、クルド人難民2家族とイラン人難民のジャマルさんが座り込みをして、難民としての処遇を切に訴えていたのをご存じでしょうか? (テレビでご覧になった方もおられると思います) これについて、青山学院大学の人文学の雨宮剛名誉教授が「私たち どうして人間じゃないの?」という本を出版されました。 難民というのは、アフガニスタンの戦争のときにパキスタンとの国境のところで汚い服を着て「助けて下さい」と言っている難民だけではないのですね。 難民条約の難民とは、特定の社会的集団の一員であるということや政治的意見を理由に迫害の恐れがあるために、国籍国の外に逃げている人々を言うのです。 この本には、クルド人難民2家族とイラン人難民のジャマルさんの証言も多数載っていて、彼らの一つ一つの言葉が心に突き刺さりました。 彼らの証言は次のような内容です。 「仕事をするのも許されない。病院に行っても保険がきかない。労災で差別される。ストレスが一杯でたくさんの病気になる。でも治療のお金がない。どこへ行っても差別される。入官の収容所では狭苦しい部屋(3平方m)の中に4人も入れられて、ストレスから発生した病気に対して一日40〜50錠の薬を飲まされたり、濁った汚い水を飲まされたり、公然と暴力が振るわれたり、ひどいです。日本は私たちを人間として扱わない。私たちは好きで難民に生まれたわけじゃない。こんなにひどい目に合わせるのだったら、難民条約をキャンセルしたらいいじゃないか。そしてそれを世界中に知らせれば、私たちは日本に来なくて他の国に行ったかもしれない」 日本は難民条約に加入していますが、実際は難民認定されることはほとんどなく、トルコ国籍のクルド人難民においては一人も認定されていません。 欧米では毎年、1万人、2万人、…の難民を受け入れていますが、日本ではたった10人です。 トルコ国籍のクルド人難民の人々だけでも現在日本でも300〜400人ぐらいいると言われています。 その他の国籍の難民たちも数多くいて、ストレスと差別にさらされ、人間らしい生活をするのが困難です。 これなら、彼らが言うように日本は難民条約を脱退すれば良いのではないでしょうか。 それができないのは、世界からバカにされないため、国連の常任理事国入りを果たしたいがゆえ、見栄を張っているからだと思います。 クルド人難民2家族のうち、カザンキラン家は国連の認めるマンデート難民であるのに、父親と長男がトルコに強制送還されました。トルコに到着後、一人は警察に拘束され一人は未だ不明だそうです。 イラン人ジャマルさんは、イランの政治体制を批判する活動をしていたため、もしも強制送還されたら、殺される可能性があります。ジャマルさんは日本語の読み書きが上手な方で、この本にも獄中から日本語の書簡を寄稿されています。 日本では少子高齢化がすすみ介護労働者を必要とするため、フィリッピンから看護師・介護士を受け入れる方針を固めています。私は、日本で隠れるようにして住んでおられる難民の方たちやオーバーステイの外国人に対して、真面目で良い人だけを選別して、介護労働の研修や仕事の機会を提供して、在留を合法化し救済すれば良いのではないかと思います。 スペインでは、少子高齢化によって介護労働者を必要とするため、不法移民を合法化するようです。 日本も先進国なら、信頼できる人間性を持ち真面目に働いている難民や不法滞在の外国人を受け入れるべきだと思います。 みなさんはどうお考えでしょうか。 何かありましたら、ご意見、ご感想などをお聞かせ下さいませ。 それではまた。 「私たち どうして人間じゃないの?」という本は下記のページで購入できます。 http://6823.teacup.com/kds/shop クルド人難民二家族を支援する会 http://homepage3.nifty.com/kds/ ジャマルさんを支援する会 http://www.bekkoame.ne.jp/~pyonpyon/fjc/j.htm 2005年3月1日(火)「『「心」と戦争』高橋哲哉・著(晶文社)」 メールマガジンより 今日は、高橋哲哉の『「心」と戦争』(晶文社)をご紹介します。 高橋哲哉氏は、東京大学の哲学の教授なのですが、この本はとてもわかりやすく今の日本の状況について次のように書いてありました。 日本国憲法は平和主義の憲法としてできたけれども、朝鮮戦争をきっかけに自衛隊ができて、日米安保条約が結ばれ、憲法よりも安保条約の方が日本の安全保障政策のために重要になってきました。 東西冷戦が終わったら軍縮に向かうと一部では考えられ、ヨーロッパではそうなっていたのですが、日本では憲法の平和主義はどんどんなし崩しにされ、日米防衛協力に関する指針として「新ガイドライン関連法」、「通信傍受法」、「テロ対策特別措置法」、「有事法制」が成立しました。 そのため軍や政府やその他の国家機関や市民社会は、戦争反対や平和主義を唱えるような人々や集団に対し、敵意の感情を向けたり言論を抑圧するような動きが出ています。 さらに、堂々と米国と共に戦争できるようになるための「憲法改正」、国家に都合の良い人間を作るための「教育基本法改正」が行われようとしています。 その前段階として、「愛国心」や「日本人としての自覚」を教えるための新学習指導要領、君が代・日の丸を押しつける「国旗・国家法制定」とその「指導強化」、過去の戦争を正当化し美化した「「新しい歴史教科書を作る会」教科書の検定合格、「愛国心」通知表、個人の尊厳よりも国家のために生きることを良しとする心を育てる「心のノート」などが教育の現場に浸透しつつあるのです。 国家統制の強化と競争原理の徹底化が行われようとしているのです。 教育基本法の全面的な「改正」を行おうとしている「新しい教育基本法を求める会」と「新しい歴史教科書を作る会」はメンバーが大幅に重なっています。 西尾幹二、長谷川三千子、三浦朱門、高橋史郎、大原康夫國學院大學教授、小林よしのり、田中英通東北大学教授、西部邁、藤岡信勝東京大学教授、などです。 「国家の統治行為」として作成された「心のノート」の作成協力者会議の座長は河合隼雄です。 教育が「国家の統治行為」となり、「憲法改正」によってアメリカとともに「戦争ができる国」として、今、日本は「戦争主体」として立ち上がろうとしているのです。 そのための仮想敵国が北朝鮮なのです。 北朝鮮は脅威で日本人を拉致して許せない、と市民に不安と怒りを煽り、軍備増強し、日本を軍事優先国家にしようとしているのです。 実際、核武装合憲論を口にしたのは安倍晋三氏ですし、福田康夫官房長官は非核三原則の見直しも場合によってはありうると述べています。 石破茂防衛庁長官は防衛庁長官になる前には、徴兵制合憲論を語り、長官になってからは訪米後、ミサイル防衛(MD)を日本も研究したいと発言しています。 こういう発言や軍備増強そのものが逆に仮想敵国とされた相手を刺激し挑発することになり、それが日本にとって脅威として返ってきて、ますます軍備を増強させ…お互いにさらに脅威が増し…という悪循環となります。 この新たな戦争へと準備される回路を、私たち市民の理性で断ち切るか、それとも戦争主体の一員として組み込まれてしまうのか、私たちに問われている選択です。 (肩書きはすべて原本に拠ります) という主旨でした。 北朝鮮に経済制裁を、という世論が強いし、北朝鮮は日本が経済制裁をやると宣戦布告と見なしミサイルを飛ばしてくる、と言っているし、相変わらず世の中は戦争や紛争の瀬戸際にいます。 選挙に行って、投票して世の中が変われば良いなと思いますが、有権者の半分ぐらいを占める棄権者が足を引っ張っているような気がします。 政治・社会・世界に無関心で投票にも行かない若者の責任は重いのではないでしょうか。 田原総一朗などがプロバガンダをしていた小選挙区制という制度にも問題があります。 私は「みどりの会議」という政党を支持していたのですが、一選挙区から一議員を選べとなると、みんなが自民党か民主党に入れるので、私が「みどりの会議」に入れても死に票になってしまって自動的に自民党が勝ってしまう。 それで民主党に投票せざるを得ませんでした。 まったく民意が反映されない選挙制度だなと思いました。 政治の世界でもマイノリティの政党が排除されるシステムになっているので怒りを感じます。 小選挙区制も、「憲法九条改正」のための仕掛けであるかと思われます。 この選挙制度には、朝日新聞の編集委員であった石川真澄氏が強く反対されていましたので、著書の紹介ページを下に記しておきます。 一体誰のせいで、このような世の中になっているのか、今後も勉強していきたいと思っています。 それではまた。 オンライン書店の高橋哲哉の『「心」と戦争』のページ。お勧めする本です。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794965680/qid=1109644015/sr=1-4/ref=sr_1_10_4/249-9468081-7253117 石川真澄氏の著書の紹介 http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0408/sin_k188.html 中村敦夫氏の意見 http://www.monjiro.org/media/index.html -------------------------------- 「イランという国で」 留学中の日本女性がイランでの生活と現実をお書きになっています。 http://sarasaya.exblog.jp/ -------------------------------- 【イラン関連のイベントや映画情報】 http://www.moji.gr.jp/iran/ -------------------------------- 【難民を排除しないで】 イラン人ジャマルさんを支援する会 クルド人難民二家族を支援する会 http://www.bekkoame.ne.jp/~pyonpyon/fjc/j.htm ------------------------------- 【メールマガジン】 「イラン映画を知ろう」(イラン映画の情報が得られます) http://excite.freeml.com/cats/entertainment/movie/movie/docudrama-freeml.html -------------------------------- 【反戦デモ・シンポジウムのお知らせ】 WORLD PEACE NOW もう戦争はいらない http://www.worldpeacenow.jp/ 2005年2月20日(日)「自給自足のための織/素敵な老婦人」 せっかく手織をやっているのだから、衣類やバックなど日常の中で使うものはできるだけ自分で作りたいと思う。冬物の暖かいコートをなんとか手織布でできないものかと研究している。やはり一番暖かいのは、内側が毛皮になっているムートンコートだと思う。でも軽くて暖かいムートンコートを買おうと思ったら何十万円も必要になる。コートに何十万円も使いたくない。かといって安いコートを買うと、ボタンがすぐに取れたりファスナーが壊れたりデザインが体型に合わなかったりして、がっかりすることが多い。毛皮のように丈夫で暖かいコートを作るには、表地をウールでしっかりと織った手織布に裏地をフェイクファーにしたらどうだろうかと、いろいろ考えている最中だ。 まずは、既成の布で練習中。 ![]() 先日、オカダヤのコート仕立て講習に行った。その時、私に教えてくださった先生は、とてもテキパキとされていて、頭の回転も速くて、要領の良い老婦人だった。お年を聞くと、なんと73才だった。しかも洋裁の先生歴50年だそうだ。オカダヤの他に伊勢丹やご自宅でも教えておられて、洗濯や料理などもご自分でなさっているらしい。姿勢もスタイルも良くて、生き生きとしていて、とても老人とは思えないパワーのある方だった。この方と較べると自分はまだまだ若いのに、ぐうたらと希薄な時間を送っているような気がして恥ずかしくなった。と同時に、老人になっても、生き方次第で充実した時間が過ごせるのだと明るい気持ちになった。 私が通っている手織教室に、60代と思われる老婦人がいて、「今はもうお婆さんだからやっていないけど、若い頃は洋裁も料理もよくやったわよ」と過去を回顧したりしている。昔はやったけど今はやっていないというのは、きっと本当に好きなことではなかったのだと思う。 本当に好きだったら、寿命が尽きるまでやり続けているのではないかと思う。 2005年2月13日(日)「『日本は中国になにをしたの』(発行:映画「侵略」上映委員会)」 メールマガジンより 今日は「日本は中国になにをしたの」(発行:映画「侵略」上映委員会)のご紹介です。 日本の教科書には載っていない、日本人の一面について書いてあったので興味深く読みました。 中国で行われている、日本軍による中国侵略の歴史教育も下記のような内容だと思われます。 <柳条湖(リュウジョウコ)事件> 1931年、瀋陽市の北方の柳条湖付近で、日本軍は鉄道道路を爆破した。 日本軍はかねてから計画していた「満州占領計画」を実行したのだ。 日本軍は「中国のしわざである」として、中国軍陣地を攻撃、中国東北全域を占領した。 <皇民化政策・国家神道や日本語や日の丸の強制> 日本人は、日本は現人神(あらひとがみ・生き神)である天皇が治める神国であり、日本民族は他の民族より優れているため、他の国々を支配して当然である、と考えていた。 国家神道とは明治政府によって作られた宗教で、天皇を神格化し国民すべてが天皇に従い、命まで捧げるように説く宗教である。 日本人は日本の文化や宗教を中国人に強制し、中国に神社や忠霊塔を建て、参拝を強制した。 参拝を拒む中国人には、厳しい刑罰が科せられた。 日本語は小学校の時から強制的に覚えさせられ、日の丸をふらされた。 「満州国」在住の朝鮮民族は、日本名に変えないと就職や進学が難しくなった。 <平頂山(ヘイチョウサン)虐殺事件> 中国東北部の撫順(ブジュン)炭鉱では、日本人が中国人労働者を酷使して石炭を奪っていた。 1932年、抗日義勇軍が撫順炭鉱事務所を攻撃した。 日本軍は住民がゲリラと通じていると決めつけ、平頂山の住民の皆殺しを図った。 村には3000人余りが住んでいたが、この虐殺で生存者は30人たらずになった。 平頂山村殉難同胞遺骨館には、虐殺された約800体が当時のままに保存されている。 <南京大虐殺事件> 1937年、日本軍は北京郊外で盧溝橋(ロコウキョウ)事件を起こし、中国への全面的な侵略戦争を始めた。 日本軍は上海から南京まで進軍した際、途中の村々で、放火、暴行、強姦、殺害などがくりひろげられ、「上海・南京の進撃中に30万人の人民が日本軍に殺された」ともいわれている。 南京を攻撃、占領し、それから2ヶ月間、中国の民衆を無差別に虐殺し、その被害者の数は20万人以上とされている。 この事件が悲惨だったのは、略奪、放火、強姦が行われ、無抵抗の市民、婦女子、捕虜の被害が多かったことである。 南京大虐殺が起こった理由は、次のようなものである。 (1)天皇が率いる日本の軍隊では、上官の命令には絶対服従で一人一人の兵士の人間性が認められていなかったこと。 (2)大義名分のない戦争のため、兵士の心がすさんでいたこと。 (3)中国人を人間と見ない差別観があったこと。 南京市には「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」があり、正面には「犠牲者30万人」のプレートが埋め込まれている。 これは、1982年日本の教科書で南京大虐殺の事実を隠そうとしたことに対して、正確に歴史の事実を伝えようと1985年に建てられたものである。 <三光(サンコウ)> 三光とは、殺しつくし(殺光)、焼きつくし(焼光)、奪いつくす(搶光)をいい、「光」とはすっかりなくしてしまうという意味である。 日本軍による中国侵略をもっとも示す作戦で、日本軍はこれをじん滅作戦と呼んだ。 <人捨て場―「万人抗」の悲劇> 日本はアジア・太平洋戦争を遂行するために、莫大な資源や物資を中国・朝鮮・東南アジアから略奪した。 なかでも「満州国」は日本の植民地として、石炭や鉄鋼など軍需産業の中心地だった。 このため多くの労働力が必要となり、中国全土から労働者が強制連行され、炭鉱や工場に送られることもあった。 「労工狩り」といわれる暴力的な人集めも行われ、強制的に働かされた人々は数百万人にもおよぶといわれている。 暴力的な監視のもとで、長時間の重労働を強制され、食事は豆カスなどの一ぜん飯、紙袋が服がわりだった。 こうした労働の中で、事故で死んだり、なぶり殺される人々が増えた。 そのため、死者、ときには事故や病気で働けなくなった人々が生きたまま、「万人抗」という人捨て場に埋められた。 大石橋(タイセキキョウ)という鉱山の町では、日本企業「南満州鉱業株式会社」が1000万トンもの鉱石を持ち帰り、3つの「万人抗」があった。 現在では「虎石溝万人抗」だけが遺骨館として残され、17000人の遺骨があるといわれている。 北京の西方にある大同炭鉱では1937年から1945年まで日本の占領下におかれ、日本軍は1億4000万トンもの石炭を掘り、6万数千人の中国人の命を奪ったのである。 東北部の吉林省を流れる松花江の上流にある豊満ダムでは、一日一万人以上の中国人が働かされ、殺された中国人は一万人にも達した。 ここにも記念碑が建っている。 <強制連行> 日本に強制連行された中国人の数は、現在判明しているだけで4万人、鉱山や港などの過酷な労働現場で働かされ、7千人に近い人々が死に追いやられた。 1944年から45年にかけて、986人の中国人が日本の秋田県にある鹿島組花岡出張所に強制連行され、過酷な労働を強いられ、残酷な拷問や暴行で100人以上が殺された。(花岡事件) <人体実験> 日本軍の731部隊では、「マルタ」と呼ばれた朝鮮人、中国人、ロシア人、などの捕虜に対してさまざまな人体実験が行われた。 ペスト、コレラ、チフス、赤痢、梅毒、破傷風などの病原菌を「マルタ」の身体に感染させて、生きたまま解剖して調べた。 取り出した臓器を培養体にして、さらに毒性の強い細菌を生産した。 毒ガス実験では、ストップウォッチで「マルタ」の絶命時間を計りながら殺戮した。 凍傷実験では、マイナス20℃以下で、「マルタ」を凍らせ生体実験をした。 安達(アンダー)という今の大慶油田のあるところでは、「マルタ」を杭に拘束し、上空からペストノミをばらまいたり、近くで細菌爆弾を破裂させたり、毒ガス弾を浴びせて、実戦での「効力」「性能」を確かめる実験が行われた。 731部隊の他に、100部隊、1855部隊、9420部隊、8604部隊、1644部隊、など多くの日本軍の細菌戦部隊が、細菌兵器を開発し人体実験をしていた。 <細菌戦> 1940年、731部隊と1644部隊は共同して浙江省の最大の貿易都市・寧波(ニンポー)を細菌攻撃した。 日本軍は、飛行機からペストノミをたからせたボロ布・小麦・綿くずなどを街にばらまいた。 攻撃を受けた開明街では100人以上の人々が次々死んだ。 この地一帯は、戦後ペスト菌の撲滅が確認される1960年代まで、人の立ち入りが禁止された。 <毒ガス> 日本軍は、中国戦線で大量の毒ガスを使用した。 戦後、中国に残された旧日本軍の化学兵器は、中国側の発表によれば、砲弾200万発、毒性化学剤100トン、また放置された化学兵器で直接の犠牲者は2000以上にのぼっている。 毒ガスは、広島の大久野島(竹原市)で製造されていた。 <アヘン> 日本はアヘンという麻薬を使用して侵略を進めた。 日本軍はアヘンを中国民衆に売って大金を得ると同時に、アヘン中毒になった中国民衆から日本の侵略に抵抗する力を奪った。 日本が戦争中に扱ったアヘンの総量は約5000トン。 アヘンの吸引や販売は当時から国際的に禁止されていたので、日本は敗戦後アヘン政策に関する書類はほとんど焼き捨ててしまった。 その責任は現在でも問われていない。 <女性へのはずかしめ> 日本軍が行った最も恥ずかしい行為が、南京の女性に対する暴行だった。 日本軍は昼でも夜でも女性を見ればすぐその場で犯し、日本軍に集団で37回も強姦された娘もいた。 抵抗するとその場で殺され、お腹を割いて腸を引きずり出したり、乳房をえぐったり、お腹の中の赤ん坊を銃剣で突き刺したりした。 南京市民の保護のために作られていた「安全区」(避難所)にも、日本兵が押し入ってきて女性を次々に連れ出し強姦した。 わかっているだけでも約2万人の女性が被害にあった。 さすがに困った日本軍は、軍隊専用の慰安所をつくって暴行をおさえようとした。 この慰安所では台湾や朝鮮の女性たちが相手をしていた。日本軍が進軍した時もこの女性たちを連れて行った(従軍慰安婦)が、戦争に負けて逃げる時には、この女性たちを置き去りにした。 <長谷川テル> 長谷川テルは1912年東京生まれ。 エスペラント語を学び、仲間の中国人留学生と結婚。 中国に帰国した夫を追って37年に上海に渡る。 その直後、日本の全面侵略戦争が始まると、中国の人々とともに侵略者日本軍と戦った。 中国側の抗日放送に従事して、マイクを通して日本軍の兵士たちに反戦を訴えた。 日本からは「売国奴」と非難されながら、その侵略と戦った。 以上のことが書いてありました。 日本では、南京大虐殺の犠牲者数が少なく見積もられていたり、大虐殺などなかったと主張したり、日本の侵略や戦争の罪を隠蔽し美化する歴史の教科書を作ろうとする政治家や文化人がいます。 自分たちの罪を反省せず、国家のために死ぬことは良いことだとして、「愛国心」の名のもとに全体主義に誘うように意図して教育しているのです。 それに反発する中国は、上記した日本の侵略戦争についてますます対外的な宣伝活動を強化すると明言しています。 中国は国家に対する民衆の不平・不満を日本に向けさせて民衆を統一しようと、この侵略戦争を利用し反日的な歴史観の教育をしているかと思われます。 この侵略戦争について様々な説明がありますが、日本も中国も「愛国心」という名のもとで、自国に都合の良い歴史観をお互いに主張している、という意味では同じ穴のムジナではないでしょうか。 こうした独善的な「愛国心」は、似非愛国心であると思います。 相手国を敵視して、自国にとって都合の良い歴史観を作り上げて自己満足することで、自国に誇りを持てるとは思えません。 私は、戦争の極限状況の中で、侵略は悪だと訴え続けていた長谷川テルという日本女性に同じ日本人として誇りを感じます。 国に誇りを持つとはどういうことか、長谷川テルはヒントを与えてくれているように思います。 日本は中国で行った戦争犯罪について謝罪をして、賠償金を支払うことを申し出ました。 第一次世界大戦の後、ドイツが莫大な賠償金を背負わされたことが、ナチス台頭の一因となったという反省のためか、中国は日本からの賠償金を拒否しました。 そして日本は中国に、ODA(政府開発援助)という形で6兆円を無償援助してきました。 中国は、日本が支払ってきたODAについてもっと自国の民衆に広報するべきだし、日本は心から反省して、靖国神社への首相の公式参拝は廃止して、歴史教科書にも過去の反省に基づいた歴史観を記載すべきだと思います。 日本だけでなく、アジアを占領していた欧米列強の国々も反省すべきです。 世界を覆う弱肉強食のルールと米国が目指すグローバリズムと軍事力による一極支配を変えない限りは、勝者がいくら金持ちになっても本当の幸せは永遠に訪れないかと思われます。 発行元の映画「侵略」上映委員会)のページ http://www1.ocn.ne.jp/~sinryaku/ それではまた。 -------------------------------- 【イラン関連のイベントや映画情報】 http://www.moji.gr.jp/iran/ -------------------------------- 【難民を排除しないで】 イラン人ジャマルさんを支援する会 クルド人難民二家族を支援する会 http://www.bekkoame.ne.jp/~pyonpyon/fjc/j.htm ------------------------------- 【メールマガジン】 「イラン映画を知ろう」(イラン映画の情報が得られます) http://excite.freeml.com/cats/entertainment/movie/movie/docudrama-freeml.html -------------------------------- 【反戦デモ・シンポジウムのお知らせ】 WORLD PEACE NOW もう戦争はいらない http://www.worldpeacenow.jp/ 2005年1月29日(土)「職人に失望」 前は、プロとか職人とか呼ばれる人々は、自分の才能や特技に人生を賭けてお金を稼いで生活されているので素晴らしいなと思っていた。 しかし、政治や世の中に疑問を感じたり、政治や社会を良くしていこうと本を読んだり考えたり意見を主張する職人はとても少ない。 彼らは何のために創作し発表しているのだろうか。 自分の作ったものが世の中を変えたら良いと言う職人はいるが、それは現実逃避の考えだ。 アートや工芸やテキスタイルや音楽や小説の作品のほとんどには、世の中を変える力はない(社会を変えうる力を持ったものも中にはあると思うが、とても少ない)。 国家や社会を無批判に受け入れ同調の中に安定を見出し、自分の好きなことをしているだけの作り手は、結局のところ自分のことしか考えていないエゴイストである。 2005年1月16日(日)「日本人の良さや誇りとは?」 従軍慰安婦など戦時性暴力の責任問題を取り上げたNHKの番組に対して、中川昭一衆院議員、安倍晋三官房副長官(当時)らが政治的に介入して彼らの都合の良いように内容を変更させた。 右派の政治家たちの力が強くなり、人々がそれに追従し身を守るという流れになりつつある。 日本のマジョリティは、愛や正義よりも、国家権力や大多数に従い調和を乱さないことの方を大事にするように思う。 今井さん、高遠さん、郡山さんがイラクで人質になった時も、社会から袋叩きにされて、ボランティア精神など微塵も理解されなかった。 「愛国心」を持ち「国家」に従わない者は「非国民」である、という明治憲法を思い出す。 日本は、中国などアジアに侵略して残虐行為をしたが、日本は心から反省していない。 自民党や右派政治家たちは、過去の戦争を正当化して、戦犯たちを「国のために殉じた」と英雄化することで、日本に誇りを持ち「愛国心」を持とうとしているのだ。この「愛国心」は欺瞞である。この欺瞞が中国や北朝鮮などアジアの国々との友好関係を妨げるものとなっている。 日本は、かつて北朝鮮に侵略して沢山の人々を虐殺して、その後賠償金や補償金を払って謝罪していないのに、北朝鮮の拉致問題には一方的に人権を振りかざして追及している。 中国やアジアに行った侵略に対して、責任を曖昧にしたまま、「北朝鮮は脅威だ、中国は不気味だ」としてアメリカの戦争に追従している。 日本は、中国やアジアに対してきちんと責任をとって信頼関係を回復していれば、それほど北朝鮮や中国が脅威にはならないと思うし米国の軍事力にそれほど依存する必要もないと思う。 学校や職場でも、弱い者をいじめ強い者に媚びへつらうという構造がよく見られる。 日本で家庭を持っているイラン人が、「子供が学校でいじめられる。先生はそれを注意しない。イランでは日本のような陰湿ないじめはないし、いじめがあったら先生が叱ってやめさせる。日本では先生がいじめを黙認している。どうして?」と言っていた。 資本主義の日本は弱肉強食の競争社会で、国家や集団に従うことが最も重要で、弱国を侵略し殺戮を繰り返し強国に媚びへつらうことで、発展したり国の安定を保ってきた。だから大人も子供のいじめに対してどう対処して良いのかわからないのだ。 一見親しく見える友人関係でも、自分の欲求や考えが希薄な自我の弱い者が、はっきりとした欲求と自分の世界を持つ自我の強い者に惹かれ従っている、という人間関係がたくさんある。 人間同士が対等な自我を持ちつつ友愛を育む人間関係はなかなかないものだ。 先日、回転寿司のネタを安い無名の魚で誤魔化している、というニュースをやっていた。 同じネタの寿司でも、無名の魚では食べる人がいないので、わざとアジとかイサキとか有名な魚の名前をつけているのだ。私は回転寿司側が悪いのではないと思う。有名な名前につられる大衆に問題がある。 これはなにも寿司の世界だけのことではない。 小説においても、ベストセラーだから、可愛い子が賞を取ったから、という理由で人々に読まれるのだ。工芸品やアートやファッションでも同じことだ。絵の価値などわかりもしないのに、有名だから、大きな賞を取っているからという理由で、人々が殺到し高い値段で買ったりする。織布やファッションなど使うものに関しては、自己主張を抑えた当たり障りのないものがよく売れる。 大多数に同調することを良しとする日本では、見た目が良く、疑問を呈したり自己主張をしない当たり障りのない物や人間に人気が集まる。これは、国家体制に疑問を感じて世の中を良い方向に自ら変えようとしないで、国家権力や大多数や表面的なものを盲目的に信じて同調することで安易に生きようとする人が多いからだ。この生き方が国民性となっているからだ。だから日本のマジョリティは、自分の好きなものがわからない。そのため、自分の好きなものが他人の好きなものと同義語となっている場合が多い。 国家から個人まで全体的に、メンタリティが腐っている感じがする。 日本に生まれて良かったと思えるのは、言論に自由があることと技術的物質的所産に対してだけ、という感じだ。 こうした国では、日本人であることに誇りや自信を持つことはできない。 そのために、生きることや人々に幻滅し、自殺、いじめ、少子化、独身や離婚、青少年犯罪、売買春や麻薬、などが増えているのではないだろうか。 生きることに希望が持てないから、ありきたりな純愛ドラマに涙を流しヨン様のようなタレントに熱狂し、現実を忘れようとするのだ。 今年は、日本人の良さや魅力を見つけるために、いろいろ勉強するつもりだ。 そして、いつか日本人をテーマにして、何かまとまったものが書ければ良いと思っている。 2005年1月15日(土)「只今制作している手織服/手織服について」 ポケットを二つつけるつもりだったが、カーデガンぐらいの丈のため(写真ではまだ丈の長さを調節していない)、飾りのようなポケットになってしまうし、それをつけるとシルエットがすっきりしなくなるので、ポケットはつけないことに決めた。(後記:やはり一つだけ付けることにした) 手織服になる手織布は一枚一枚表情が違うし、しかもできるだけ切りたくないので、一般的な服とは違った作り方になる。 パターンに沿って布を切ってミシンをかければ良いというものではない。 手織布を生かすためなるべく切らないためには、耳(織端)を生かすためには、などと考えると、織った布、その一枚にしかできないデザインになる。 また手織布は機械織りのように織り目が密ではないし、繊細であるため、強度を与えるつもりで織り伏せ縫いをしても、時間が経つにつれて周囲の生地がその強度に耐えられなくなってくることもある。一般に、布の端にはできるだけテープを縫いつけておいた方が良いと思うが、布によると思う。ボタンをつける側にも裏に芯となる織布を縫いつけておかないと、ボタンにかかる力に負けてしまう。ボタンに引っかける紐も、織布で作ると見た目は良いが5年経つとすり切れることがある。 手織布はその特性ゆえ、衣服にする場合は、長く使用することを考えるといろいろ工夫が必要だ。 手織布は切るとほつれやすいのでボタンホールは作りにくいしロックミシンは不向きだし、既成の生地で服を作るよりは手織服を作る方がずっと難しいと思う。 ![]() 2005年1月3日「謹賀新年」 明けましておめでとうございます。 私の小説、紀行文、日記、メールマガジンを読んで下さった方々、織物をご注文、ご購入いただいた方々、このサイトを訪れてくださったすべての方に感謝いたします。皆さんにとっても、実り豊かな年でありますように。今年もよろしくお願いいたします。 世界では相変わらず戦争、紛争が続いており、地震や津波などの大災害もあり、日本は過去の戦争の責任を曖昧にしたまま北朝鮮は脅威だとして米国の戦争に追従し戦時体制に入りつつあります。 今年も、これ以上日本を悪くしないように、社会を良くしていきましょう。 国を動かし、未来を作っていくのは、私たち市民です。 テレビ朝日ドラえもん募金 「スマトラ沖大地震被災者支援」 募金電話番号: 0990-53-5000 http://www.tv-asahi.co.jp/doraemonbokin/ |