| 2001年11月29日(木)「<郁朋社>から朱入れの原稿が戻ってきた」 とても丁寧に朱入れをしてもらった。「タユランの糸車」は400字詰め原稿用紙で300枚を少し上回る枚数なのだが、1枚の原稿用紙の中に、4、5枚ぐらいの付箋が貼ってあり、そこに文章や表現の仕方についてアドバイスが書いてあった。その他文章のあちこちに赤ペンの修正があり、原稿はプロの編集者から見たチェックやアドバイスで一杯だった。それも約300枚分である。 構成や書き直しの方針などのアドバイスが書いてある用紙ももらって、納得できるように教えてもらって打ち合わせをした。 「今後、わからないことがあったり、どのような進行になっているのかメールで教えてください。頻繁に相談しましょう」 とおっしゃってくださった。 そもそも郁朋社を知ったのは、「公募ガイド」という雑誌でだった。「良心的で細かい朱入れ」「鋭い指摘やアドバイス」「構成や人物造形のノウハウを教わった」などの著者の声が載っていたのが印象的だった。 宣伝だろうと思っていたが、本当のことだった。 これからもずっと小説を書いていきたいので、とてもありがたいことである。 後は私の努力しだいだ。 出版の予定は一応5月頃なのだが、まだわからない。 「緩慢な女性差別」 世の中では、「カワイイ、色っぽい、発言しない」女性が好まれるようだ。男性は「カワイイ、色っぽい」女性に群がるが、女性がひとたび発言し始めると、男性は誇りが傷つけられるのか叩きのめそうと勝負の姿勢になったり、遠ざかっていく場合が多いのである。 かなりの男性は、女性も発言したり物事を批判できる知性と責任を持った人間であることを、快く認めようとしない。 実際に、女の中の女として世の中の中心で人気を博しているのは、「カワイイ、色っぽい、発言しない」女性たちである。 こうした女性差別に、私は長い間苦しんでいる。 この間、街でこのような光景を見た。 女3人、男3人が一塊りになっていたのだが、女の一人が「美人」で他二人は「ブス」だったのだ。結局、「美人」と男3人が一塊りになって仲良さそうに談笑していて、「ブス」の2人は、距離を置いて彼らに付き従っていた。 こうした男女のつながりは希薄であるばかりか、笑顔の下で、不信感や異性への幻滅が生まれるのである。 ゲイが女装をして女性独特の媚びる仕草や言葉を真似るのも不思議だ。 世の中はいろんな人がいてこそ面白いのだから、同性愛者の生き方も素晴らしいと思う。 しかし彼らは、というか彼女たちは、男性中心社会が生んだ「カワイイ、色っぽい、発言しない」女性のイメージに追従してはいないだろうか。 それとも、「カワイイ、色っぽい、発言しない」の身振りをしなくなったら、女性としてのアイデンティティが崩れてしまうのだろうか。 「化粧をして媚びて発言しない」ことで女性を表現するのは、ゲイであれ女性であれ、自ら女性という性を蔑んでいる行為である。 「米国の<反戦>女子高生のケイティさんが脅しや中傷に耐えかね退学」 米ウェストバージニア州で「戦争反対」を訴えるTシャツを着て登校、反戦クラブの設立を呼び掛けて先月中旬に3日間の停学処分を受けた郡立高校2年ケイティ・シエラさん(15)が27日までに、同校を退学した、とAP通信が伝えた。 アフガニスタンへの米軍の攻撃に反対する行動に対し脅しや中傷、嫌がらせを受け、娘の身を案じた母親のエイミーさんが退学を決めたという。 何人かの生徒がエイミーさんの車につばを吐きかけたほか、ケイティさんの友人の両親は学校帰りにケイティさんを車に乗せることを拒否。パナマ生まれのケイティさんに向かって「出身地へ帰れ」と書いたTシャツを着て嫌がらせをする生徒まで現れ、このTシャツには多くの生徒が署名したという。 ケイティさんは「国難の時期に非常識な行動」と停学処分を受けた後、州地方裁判所に「憲法に保障する表現の自由を侵害された」と不服を申し立てたが、今月1日に却下された。その後、上訴したものの州最高裁は27日に訴えを退けた。(共同) 上記の記事はこちら。 http://www.usfl.com/cgi-bin/cron2_act.pl?DIR=/Daily/News/01/11&FILE=1127_028 米国全体がどこか狂っている。 日本は、中立的な立場で冷静に、解決策を世界に向けて提案していけば良いと思う。 きっと米国は、「反テロ闘争」のために、世界中のテロ関連施設を破壊したいのだと思う。自分の影を撲滅するために。だが影は自分が生み出したものだから、和解しない限りは、それは永遠に怨念を募らせて追いかけてくるだろう。 ニュースステーションのHPにケイティさんのメールアドレスが公開してあった。私も応援のメールを送るつもりだ。下記は転載したもの。 2001年11月21日放送 「アメリカの反戦女子高生・ケイティ・シエラさん」への応援メール ●11月21日に放送したアメリカ・ウェストバージニア州に住む女性校生ケイティ・シエラさんに励ましのメールを送りたいと視聴者からたくさんの要望(反響)がありました。 このたびご本人がメールアドレスを公開してくれました。 name : Katie Sierra e-mail : anarchistgirlie@aol.com 2001年11月27日(火)「アフガンに平和を! いますぐ停戦を求める11・27集会」 このピースウォークは朝日新聞で知った。土井たか子や福島瑞穂など国会議員が20人近くいたと思う。一万人集会ということだったが実際には8千人ぐらい集まったという。今まで参加した中では最も大規模なピースウォークだった。 労働組合系の人が多くて、スーツ姿のサラリーマンが大勢来ていた。アーチストや文化人なども多かった。 代々木公園から宮下公園までという短い距離にもかかわらず、シュプレヒコールのマイクの声が明瞭で大きく、大勢の人々が幡や幟を立てていたため、メッセージが公衆にはっきり伝わったと思う。冷静でエチケットが守られていて、警察官や公安などは少なかった。 アフガニスタンの冬は摂氏マイナス25度にもなる。米国の空爆によって、1000人以上もの市民が犠牲になり、100万人単位の難民が餓死・凍死の危険にさらされている。もし感染症が発生して蔓延することがあったら犠牲者は爆発的に増えるだろう。 昨日もブッシュ大統領は、アフガニスタンでの軍事行動は反テロ闘争の「始まりに過ぎない」と述べた。その上、「テロリストをかくまったり支援したりする者もテロリストだ」と従来の主張を繰り返し、「他の国をおびやかす大量破壊兵器を開発する者も、責任を取らされることになろう」と述べた。 イラクが核兵器や生物・化学兵器などの開発疑惑を調べる査察を受け入れなかった場合、反テロ闘争の一環としてイラクを軍事攻撃する可能性があることも示唆した。 さらに北朝鮮に対しても査察受け入れを強く要求した。 米国政府は何をするつもりなのだろうか。もしも、イラクや北朝鮮なども軍事攻撃の対象になったら、地下で怨念が増幅し、世界のあちこちで惨事が起き、紛争が増加し、世界戦争にまで発展するだろう。世界は依然として恐ろしい方向に進みつつある。 そもそも、米国はなぜこんなにも軍事攻撃を続けているのだろうか? ビンラーディン氏が犯人である十分な物的証拠も公開されていない。米国を脅かす炭疽菌事件もテロ組織によるものではないという。先日、アメリカン・エアラインのドミニカ行きの飛行機が墜落したのも事故だった。 連日激しい空爆を行い、街や遺跡を破壊し多数の死傷者を出し、餓死・凍死するかもしれない難民を多量に作り出している理由は何なのだろうか? 一番の理由は石油利権のためだろう。 だがもっと根深い原因は、米国の歴史や政策に歪んだところがあるせいだ。もともと米国は、アメリカの先住民を人間以下の存在として殺戮し土地を没収して建国したのである。 こうした国家テロのやり方で、国益のために、世界のあちこちの弱小国家につけ込み搾取してきた。 これが「正義」だという思い込みが米国にあるかぎり、「反テロ闘争」という戦争は永遠に続くだろう。犠牲者を増大させながら。私たちは生き延びることができるのだろうか。 この時の模様はこちら。 http://peaceact.jca.apc.org/news/200111271.html ![]() ![]() 2001年11月24日(土)「世界の悲劇に向けて私たちのできること」 イラン映画のマフマルバフ監督は、アフガニスタンの窮状について世界はあまりに無関心だった、という。確かにそうだった。 アフガニスタンに限らず、世界では目を背けたくなるような惨たらしい出来事が沢山おきている。94年にはアフリカの小国ルワンダで多数派フツ族によって少数派ツチ族が大量虐殺された。80万人のツチ族が虐殺され、大量に流出した難民キャンプではコレラが発生し1日1,000人単位で人が死んでいったという。 99年にも、インドネシアでキリスト教徒とイスラム教徒との対立がおこり、アンボンなどで死者1000人以上の残虐な殺戮があった。 アフリカなどでも紛争が繰り返され、深刻な飢餓で今も誰かが死んでいる。 そして、これからも……。 私たちの知らないところで、地獄と化している場所が世界には沢山あるのだ。 日本人が物質的に恵まれているからといって幸せだとは全く思わないが、それでも食べるに困らない生活ができるのは、日本が地形や気候に恵まれていることや、こうした発展途上にある国々から都合良く搾取してきた歴史があるからだ。 世界は深いところで繋がっている。アフガンの人々が飢餓で次々と死んでいく事と、私が日本で美味しいものを食べて織物を楽しんでいる事は、深いところでつながっている。 宮内さんは日本人の若者たちに向けて言った。 「食うに困らず、なに不自由なく暮らしているかわりに、徹底的に考え抜くこと、それがきみたちに課せられている義務なのだ」 私はイラン旅行に行って、日本がイランよりも物質的に豊かだからといって、彼らよりも幸せだとは全く思わなかった。むしろその逆のことを感じた。日本で数年間働いたことのあるイラン人が「日本人、さびしい。イラン人、しあわせ」と言ったことがある。これには深い意味があるので、今ここには書かないけど、物質の豊かさだけでは、人が充実して生きているかどうか、まして幸福についてなどは語れない。 しかし、飢え死にしつつ窮状を訴えている世界の人々を無視したところに、何不自由ない明るい生活はないと思う。 昨日も宮内さんの掲示板のbP166に、山本宗補(やまもと むねすけ)というフォト・ジャーナリストが、次のような内容のことを書き込んでおられた。 「11月12日からイスラエルに来て、10年ぶりにパレスチナ情勢を取材中です。今回の取材で、誤解を恐れずに極限すれば、イスラエルが国家テロの国だと断定してもおかしくないと改めて実感しています。……イスラエル軍は隣接するユダヤ人入植地を守る口実で、あからさまな侵略を繰り返しています。パレスチナ側は自治警察が治安を守る任務を負っていますが、武器は自動小銃のみ。戦車砲や時には攻撃ヘリも動員し、ロケット砲やマシンガンなど使い放題のイスラエル軍とは最初から勝負になりません。一斉攻撃の仕上げが戦車のようなブルドーザーでパレスチナ人のコンクリートやブロック製の住宅を破壊しての更地化です。エジブトとの国境にあるラーファでは、更地化がより一層進んでいます。イスラエル政府が一方的な戦争をパレスチナ人に仕掛けているのが現実です。 ……昨年9月に第二の インティファーダが始まっていらい、パレスチナ人は再び大きな刑務所に隔離された暮らしです。というのは、パレスチナ自治区の西岸もガザ地区も、イスラエル軍により厳しい検問所がそこら中に設置され、封鎖されてしまったので、それまでイスラエル領内での職場へ通勤していたパレスチナ人が、のきなみ仕事と収入を奪われている状態です。ガザ地区の出入りが可能なのは、国連関係者、パレスチナ自治政府高官、外国人ジャーナリストくらいに限定されているほどです。やはり、現場に来てみないと想像できないほど、基本的人権も存在権さえも奪う占領と弾圧方法が巧妙に敷かれているのです。……11月末には中東専門家の広河隆一さんの報告会が都内であるはずです」 様々な情報操作や隠された意図があるために日本のどの新聞も信用できない。現地で活動されているこうした人々の声の方が信用できる気がする。 広河隆一氏の報告会をネットで調べたら、今日だった。興味があったけど、もう終わっていて行けなかった。今度からはよく注意して見てみよう。中東情勢について生の声が聴けるかもしれない。 物質的には何不自由ない私たちのできることは、宮内さんが言われるように、考えて考え抜いて自分なりに問題解決の糸口を探していくことだと思う。世界に対してそういう姿勢がないと、日本での食べるに困らない自分の生活が、宙に浮くような気がするのである。 報告会などのイベントや平和運動などの情報について 「Anti War」 http://antiwar.jca.apc.org/ 「2001年11月21日(水)「第3回織物展ーきらめきー」 左のポストカードの写真に惹かれて鈴木よし子代表の織物のグループ展に行った。写真は二重織りという、一度に袋状の布に仕上がる高度な技術で織ったもの。その他に「記憶」というタイトルで、黒い色の織り布が裂けていて、下の隙間から青い複雑な色彩の織り布が見える作品があった。これらの2点が一番良かった。 他に、コカコーラの缶を細長く切ってヨコ糸として織り込んだもの、皮のスウェードや木を織り込んだもの、などがあった。針金でも紙でもドライフラワーでも、何でも織り込むことができるのだ。展示は今日までだった。 私のHPの「織物とは?」のコーナーに写真も入れたので、説明がわかりやすくなったと思う。 2001年11月20日(火)「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ/モウセン・マフマルバフ(現代企画室)」 素晴らしい本だった。これは、2001年の春に書かれたものである。 「……アフガニスタンには約2000万人の飢えた国民がいる。そのうち30%は飢餓と政情不安のために難民となり、10%は死に、あるいは殺され、残りの60%は餓死寸前の状況にある。……飢えで動く体力もなく、戦うための武器も持たず、あの過酷な刑罰を恐れて犯罪を犯す勇気も残っていない。唯一の救済案は、そこでそのまま死ぬことだ。それは、世界を覆い尽くしたこの人類の無関心の中で起こっている。 ……バーミヤンの仏像は、崩れ落ちることで瀕死にある国を指差した。愚か者は、あなたが月を指差せば月でなくその指を見るのだ。誰も、崩れ落ちた仏像が指差していた、死に瀕している国民を見なかった」 2001年3月3日に、タリバンがバーミヤンの仏像を破壊したというニュースが流れた時、私たちはタリバンの過激な原理主義に無知と狂気を感じたが、その背後にある意味については、見ようとはしなかった。世界もまた無知であったのだ。 マフマルバフは、アフガニスタンの想像を絶する悲劇を世界に訴えよう、なんとか改善したい、という願いを強く持って、アフガニスタンに関する映画を2本撮り、調査をし努力してきた。しかし彼は、できたのは、ただ統計を出すことだけだった、と言う。マフマルバフは恥辱と怒りと、かつて無関心であったことの後悔に満ち、バーミヤンの仏像のように崩れ落ちてしまいたい、と言うのである。 フィデリコ・フェリーニのメダルを受賞した「カンダハール」が上映される時、マフマルバフは私たちに次のようなメッセージを残した。 「この賞はパンではなく、自由の嵐ではなく、一つの希望の徴にすぎません。アフガニスタンが自由になったら、カンダハールの町にフェリーニの名をとった学校を建てること、このメダルをその学校の生徒たちに捧ぐことを、アフガニスタンの人々に約束します」 私は感動した。やっぱりイラン人のメンタリティーを持った、立派な方だと思った。 マフマルバフは娘である映画監督のサミラが賞を取った時にもこう言っている。 「受賞した賞の数を数えるような無駄な時間を過ごしてはいけない。こうした賞に対して自分が占める貢献度はわずかなもので、その栄誉の多くはイランの国家と文化に与えられるものだ」 この言葉にも感心した。この内容はインタビューでサミラが答えたものだが、彼女は父親のマフマルバフを尊敬しているのだ。多くのイラン人は自分の親を尊敬している。実際に親は、尊敬されるだけの人格やメンタリティーを持っているのだ。 話は逸れるが、私がイラン人と関わった時も、こういうことがあった。日本に出稼ぎにきた息子が働いて貯金したお金をイランに送金して、親が息子の名義でテヘランに不動産を買うのである。私は驚いて、現地で自分の目で見て確かめた方が良い、と忠告したら「イランの親は子供がどうしたいか、何を気に入るのか、子供の頭の中を知っている」というのだった。 彼らは日本で貧しい生活をしていたにもかかわらず、イランにいる家族と会話をするために、一ヶ月何万円もかけて国際電話をしていた。 自分と親の関係とを較べると、素晴らしい関係だな、と感心した。 私の親は善良で真面目で子供のことを心配する普通の親だと思う。 しかし、私の方向性や好みを知らない、たとえ知ってもすぐに忘れてしまう、独りよがりの善良さなのだ。親が私を心配したり世話をして育ててくれたのはありがたいが、私の感性や方向性など初めから関心がない、私の内面などには目を向けない育て方だった。社会に出ると、それは親だけでなく、多くの人々がお互いにそうなのだ。 親に良くしてもらっても私が喜ばないので、なぜ喜んで感謝をしないのだ、と時々言われることがあったが、理由は簡単だった。親が抱く私へのイメージや欲求、与えるものが、私が抱く自己像や夢や欲しいものと一致しないからである。 しかし親が善良さでやっていると、不服を言う娘の方が「扱いにくい変な子」とされてしまう。 親との間では、こうしたジレンマや隔たりをずっと感じてきた。 しかしイランの家族は違っていた。イランでお世話になった家族も、子供の泣き声で、空腹なのか、腹痛なのかわかるのだ。あまり会話がなくても、私がどう感じて何を欲しているか、直感的に汲み取るのだ。その上、イランの人々はよく話し合ったり遊んだりしてコミュニケーションをとるので、相手が何を好きで何を欲しているか何を考えているのかを、家族や友人なら当然のように知っているのだ。 私はイラン人と一緒にいると、とても心が楽だと感じた。 余談が長くなったけど、本の内容について話そう。 250年前までアフガニスタンはイランの一部であった。だがイランとアフガニスタンには大きな相違がある。イランでは「私たちはイラン人である」という国民意識があるが、アフガニスタンでは、何々部族の構成員であるという部族意識がアイデンティティの第一の基盤なのだ。自分がアフガン国民であるとは思っていないのだ。 難民キャンプにおいても、彼らはまずパシュトゥン、タジク、ハザラであり、日常の些細なことでも争っているのだ。パン屋での行列で順番を守らなかったことをめぐって部族同士が争い殺されたりする。 アフガニスタンには、部族主義、峡谷が多く交通困難な地形、干魃が多く農耕に適さない国土、石油が採れない、24時間に7人が踏むぐらい地雷が多い、という事情がある。しかも地雷は雨により流されて移動するので極めて危険なのである。 このため、部族の抗争や、深刻な貧困でアヘン栽培や麻薬の密輸が多くなり、治安も悪化し、地雷などで身体障害者になる人も増え、極めて窮状なのである。 このように飢餓と暴力と難民が増えていく一方で、孤児たちが惹きつけられていくのは、空腹を満たしてくれる2500以上もあるタリバン神学校なのだ。学校に入って一定期間を過ぎるとタリバンの軍に加わることができて仕事がもらえるのだ。 結局タリバンとは何だろうか。 アフガン難民に計画的な対応をしたことがないイランとは違い、パキスタンがアフガン難民を受け入れた。飢えた難民たちをタリバン神学校で教育して、タリバンという傀儡政権をアフガニスタンに作り上げたのだ。 なぜかというと、パキスタンがインドから独立する前、アフガニスタンはインドと国境を接しており、パシュトゥニスタンをめぐってアフガニスタンとインドとの間には対立があった。英国は、デュランド線という国境線を引き、100年後インド地域のパシュトゥニスタンはアフガニスタンに返還されるという条件で、パシュトゥニスタンをアフガニスタンとインドに分割した。その後パキスタンはインドから独立し、パシュトゥニスタンの半分は、パキスタンの半分となったのである。 国際法に従えば、パキスタンは6年ほど前にパシュトゥニスタンという国土の半分をアフガニスタンに返還しなければいけなかったのだ。 しかし今だにインドのカシミール地方を要求しているパキスタンが、自分たちの国土の半分をアフガニスタンに返還するはずがない。そこでアフガンの飢えた難民をタリバン戦士に育て、パキスタンに従属したタリバン政権をアフガニスタンに作り上げたのだ。もはやタリバンが、自分たちを創ったパキスタンに対してパシュトゥニスタンの返還を要求しないのは当たり前だ。 つまり、タリバンの一人一人は、空腹を満たすために神学校に行く飢えたパシュトゥン人の孤児だったのである。 そしてタリバン出現の動機の背後には、パキスタンの様々な国益があったのだ。 暴力によってではなく、国際法の法廷できちんと解決して欲しいと願うばかりだ。 ところで報復戦争の米国に対するイランの対応は良かった。 米国の軍事行動を批判しながら、タリバン後のアフガン政権づくりで重要な役割を果たす、と言っている。 2001年11月19日(月)「<カンダハール>モフセン・マフマルバフ監督(イラン映画)」 とても良い映画だった。アフガニスタン民衆の窮状がとても伝わってきた。それもマフマルバフ監督独特の、リアリズム、シュールレアリズム、ユーモアが混ざっていて、夢幻的で詩情のあるシーンを織り込みながら、想像を絶する苛酷な環境が描いてあった。 主人公は、カナダに亡命したアフガン人女性ナファス。地雷で脚を失いアフガニスタンに残った妹から、「日蝕の日に自殺をする」という絶望の手紙を受け取る。ナファスは一人でアフガニスタンに入国して、妹のいるカンダハールに向かう。この旅の途中で次々と困難に見舞われ、民衆の悲惨な日常を目の当たりにする。タリバン支配下のアフガニスタンのあまりに厳しい現実が、まざまざと描写されていた。 モノクロの日蝕の映像から始まるのも良かった。 タリバン神学校で白いターバンをした少年たちが地面に座って、上半身を揺らしながら一斉にコーランを唱えている姿は不気味だった。ムッラーに指名され、剣の意味は、銃の意味は、と問われると、イスラムの教えに反する者に刑罰を与えるためだと言う。 民衆のあまりに貧しい生活。ナファスは、ある少年にお金を払い道を案内してもらうが、砂漠を歩いている途中に、少年を見失ってしまう。ナファスが少年を見つけた時、彼は砂に埋もれた人間の死骸の側にいた。少年はナファスに気づいて、「指輪を買って」と死骸から抜き取った指輪をもってこちらにやってくる。ナファスは恐れおののいて逃げ出してしまう。少年はひたすら「買って!」「いくらなら買う?」「5ドルで買って!」と叫びながらナファスを追う。少年にとっては、人間の死など日常的なことなのだ。死骸など眼中にないかのように、指輪をお金に換えようとする姿が痛ましい。 道中で、ナファスは医者に出会う。医者は、子供とはいえ貧しさから何をするかわからないから信用はできない、と忠告され、ナファスは少年にお金をあげて別れることにする。 少年は、一度はどこかに行ってしまうが、また戻ってきて、「ただでいいから指輪をあげる」と言う。ナファスは躊躇したが、少年の気持ちを感じて、その指輪を貰うことにする。苛酷な環境で子供の心も荒涼としているが、このような気持ちが残っていたのだ。ナファスは医者にカンダハール入りを助けてもらうことになる。 ナファスと医者は義足を貸し出している赤十字キャンプに行く。 地雷で手足を失った人々が沢山集まっていて、白衣を着た医療関係者に、義足の注文をしたがまだ来ないのか、と不満を口々に言い合っている。義足が足りないのだ。サイズなどどうでも良いから、そこにある義足でも貸してくれ、と窮状を訴えている。 遠くの空から、パラシュートをつけた義足がいくつも落ちてくる。 空から降ってくる義足を目指して、何十人もの手足のない人々が松葉杖をついて駆けていく。 ナファスは、医者に言う。「妹のために希望の出る人生の話をして」 医者は次のような意味のことを答えた。「水に困っている人は水を飲めることが希望になる。食べるものがない人は食べることが希望になる。脚のない人は義足が希望になる。ブルカを被る女性はいつか脱げる日が希望になる」 私は日本人にたとえてみた。物質的には恵まれている心の淋しい日本人にとっては、虚無を満たすものが希望になるのだろう。 最後に、ナファスは牢獄の鉄柵のようなブルカの内側から、太陽が沈みゆく荒野を見るのだ。 これは必見の映画である。 「カンダハール」は来年早々、再び上映されるそうだ。私はまた見に行くつもりだ。 マフマルバフの著作も売っていたので買った。 「アフガニスタンの仏像は壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」(現代企画室) イラン映画「デルバラン」(アボルファズル・ジャリリ監督)も11月21日(水)16時から、同じく有楽町朝日ホールの東京フィルメックス2001で上映される。 前売り券をまだ売っていたら行くつもりだ。 もし見損なっても、「デルバラン」は「少年と砂漠のカフェ」と改題して春休みに、シネ・ラ・セットにて上映される。 シネ・ラ・セット(JR有楽町駅中央口銀座側 рO3−3212ー3761) 今日の映画に、DJのMAKYOさんが来ていた。MAKYOさんはDakini RecordsからCDを出している音楽家。私は「Yakshini」というアルバムが一番好きだ。 2001年11月18日(日)「心の空洞化を防ぐには」 ここのところ、「独身」について考えている。 「独身」が増えている理由に、既成の結婚生活というものに、魅力が感じられない、というのがあるだろう。 結婚して長く同居していると男女の間でアラが見えてきたり、子供を作って育てようにも羨ましくなるような家族関係のモデルがないので、家族とは何かという意味が崩壊しているのである。 こういった問題は、日本人のコミュニケーションのあり方に原因がある。 男女間でも家族間でもその関わり方は、相手を知ろうとするものではないのである。錯覚と誤解、自分の夢や希望を託したイメージの投げ合いで関係が成り立っているのである。相手がどのような人間であるのか、どのように感じて何を考えているのか、何を好きで何を志向しているのか、については知ろうとはしない。 それは、自分に対しても同じ事である。自分が何を志向しているか、何を好きか、自分についてもよく知ろうとしないのである。 自分の都合の良いイメージを相手に投げかけて、性交したり愛の言葉や花束をいくら差し出しても、心の触れ合う異性関係は得られない。 親子間でも同様である。親の望みを託した勝手なイメージを子供に投げかけて、「カワイイ」などとお金や物を差し出しても、子供は心から喜ばない。 異性への好意も、親が良しと思ってやっている子供への行為も、当人が抱いている自己像や自分はこうでありたいという希望に合致していないと、せっかくの好意も鬱陶しいものやお節介になったり、誤解やすれ違いに終わるのである。 相手を知ること、自分を知ることは恐ろしいことでもある。心の虚無に直面したり、相手との距離を知ってしまうからである。気持ちに気づくことによって、人と別れたり、仕事を辞めてしまう人もいる。心の弱い人だったら自殺してしまいかねないほど、現代人の心を覗くのは恐ろしいことである。かといって心の現実から逃避していては、嘘に嘘を重ねて生きていくことになる。 相手がどういう人物かを知ることから、コミュニケーションは始まるのである。ところが多くの場合、錯覚と誤解で異性と関わり、現実を知ってはがっかりしたり遠ざかったりするのである。一般的に「恋愛」と呼ばれているのは、錯覚と誤解が生む陶酔と性愛のことである。こうした風潮が、男女の人間としてのコミュニケーションを妨げている。 錯覚と誤解で成り立つコミュニケーションは偽りである。自分と相手の本心と現実に向き合うことで、真のコミュニケーションができるのである。男女といえども、人間としての尊敬や信頼がないところに、健全な結婚生活や家庭はない。 「性教育」などというものがあるが、性交渉は深いコミュニケーションの先にあるものである。人格や心や知性を無視した人間同士の深いコミュニケーションはありえない。人間という存在もコミュニケーションという行為も文化的なものだからだ。まずは、異性のセクシーな見かけに錯覚を起こさないで、人格や心や知性をありのままに知って理解することから始めなければいけない。そこに尊敬や魅力を感じられるかどうかが、深いコミュニケーションになるか、愛せるかどうかの分かれ目である。 性欲が先走ってはいけない。性行為ばかり追っていて、女性の頭の中身に関心を抱く男は少ない。相手の身体以外にそれほど関心がなければ、「愛している」などと気軽に言うべきではない。 人が異性に、親が自分の子供に都合の良いイメージを投げかけるのは、自分の心の虚無や弱点から逃避するためだろう。相手のことなど知らなくても良い、希望になればそれで良い、と錯覚し寄りかかるのである。それこそが怠惰な生き方であり、男女関係や家族関係の軋轢の原因になっているのである。希望は自分の内に見つけるべきである。自分の中にある希望を基にして自立していくのだと思う。 自分の中に希望を持っている大人は少ない。自分の中に希望がないから、外側に希望を求めて寄りかかっているのだ。その対象は、自分の子供、美しい女体、女子高生、ときめかせてくれる異性、宗教、だったりする。 親としての最も重要な役目は、子供に、この世は生き抜いていく価値があること、生きて死んでいくことの希望を伝えていくことだと思う。だが、これを伝えられる親は非常に少ない。 多くの大人は、食べていくために面白くないと感じる仕事であくせく働いている。仕事というより、生活のためだから金策である。惰性と習慣で成り立つ彼らの日常の中で最も大きな希望になっているのが、子供である。それ以外の対象は、若い女や女子高生だったりする。 親が子供を知ろうとはせずにただ甘いのは、親が自立しないで空しく淋しい人生を送っているせいである。オヤジが若い女の人格や知性を知ろうともせず、可愛がったり性交して金を与えたがるのも同様である。 こうした大人が、いくらお金や物を自分の子供や若い女に与えても、尊敬は得られない。 大人たちが自分の心の虚無や現実に背を向けて、子供や若い女を希望にしていると、「老いるのは嫌だ」「大人って気持ち悪い」「大人になりたくない」と逆に子供たちや若い女をがっかりさせてしまうのである。お金と物に人々は集まるけれど、心まで引き寄せることはできない。 大人が自分の道に生き甲斐や楽しみを見出して歩んでいると、たとえ会える時間が少なくても、お金や物を与えなくても、子供や若者は、その生き様から、老いて死んでいく人生も面白いのだと希望を持ち尊敬するのだ。 そのためには、道標のない砂漠の中で、大人が一人一人、自分の足で自分の満足できる道を作っていく他ない。 自分で道を作っていく努力を放棄した時、自分の道などないとあきらめた時、何のために生きているのかわからない、誰とどのぐらいの距離でつき合って良いのかわからない、ということになるのである。 独身が増えている、というのは、健全な愛が基盤になっているはずの従来の家族関係や夫婦関係のあり方にがっかりしてしまった、障害を感じている、ということではないだろうか。 私たちは、自分について、他人について、コミュニケーションについて、健全な愛について、根本のところから見つめ直さなくてはいけない。 2001年11月16日(金)「天空/ドラマティックコラボレーション」 今日は相模大野のグリーンホールで、中村明一の尺八、Indora Gurungのバンスリ、民族楽器の太鼓などを使った民族的な音楽のライブとファッションショーがあった。 日本の着物や手織り適塾「SAORI」の布を用いた創作衣、ネパール民族衣装を着たモデルが、音楽に合わせて歩いたり舞踏をする、ファッションと音楽が一体となっているショーだった。 私が気に入った服は、ゆったりしたパンツに長いシャツやベストを着て帯をしたもの、シンプルなロングドレスだが袖部分が着物のようになっていて鶴の柄があるもの、だった。 他にも、上半身の肩などを剥き出しにして着物の帯だけで纏っているような服、オーガンディーの洋風のドレスに着物の帯をしたもの、長い上着やシャツのシンプルなスーツの一部分に、着物の鮮やかな柄や水墨画のような生地を使ってあるもの、などユニークな創作衣があった。 舞台の天井から、手織り適塾「SAORI」に学ぶダウン症の人が織った7メートルぐらいある長い布が、沢山垂れ下がっていた。ビビッドな色彩で幾何学的模様の織物だった。チャリティイベントでもあり、この公演の収益金をネパールの恵まれない人々に役立てるとともに、手工芸・デザイン指導の支援協力をするそうだ。 「天空」について http://203.174.72.112/asianokaze/ ![]() 「女性とは何か」 この世を生きていると、女性は、「性の商品」や「子を産む器官」として可愛がられたり低級に見られたりすることが往々にしてある。こうした男性社会から見た「女性」のとらえ方は間違っている。 妻、母としての家庭での労働より、男性の外での労働の方が「仕事」として公認され創造的だと見なされている点から大きな誤りがある。このため、男性の選択・性・出産・子育てという一連の女性特有の仕事が、日本ではあまりに軽く見られている。そのために家庭的なものがないがしろにされ、ドラッグ、引きこもり、虐め、自殺、少年犯罪、援助交際など、様々な問題が起きているのではないだろうか。 幼少時から家庭的な愛に恵まれず、いびつな人格を持った人間や犯罪者になってしまう人も多いと思う。 女性は、より良い子孫を残していくために、自分の価値観や様々な基準で男性を選び、いろんなチェックをした後、家庭を形成していく。 「性の商品」として利用されがちな色気や「子を産む器官」として肉体的に弱いところがあるのは、この世に残していきたい遺伝子を選んで、子孫として増やしていく未来への創造的な仕事を、身体の構造として担っているからである。 この「女性の文化」を、社会はもっと尊重すべきである。「女性の文化」と呼ぶのは、人類の発展と存続のために、男性の選択・性・出産・子育て、という一連の重要な仕事が、意志によって理性的に責任を持って行われるからである。 イランでは、こうした「女性の文化」が尊重されていた。イランの男性が労働だけでなく、料理などの家事もやり情緒的に豊かなのは、母親を尊敬して影響を受けているからだと思う。 「女性の文化」はあくまで文化であるから、自分の価値観や基準に適う男性が一生現れない、ということもある。 前回も書いたが、現代は、男女とも、何をやりたいかわからない、何を好きかわからない、というモラトリアム人間が多い時代である。誰を必要としているのか、誰を好きなのかもよくわからないのである。とりあえず、時々の欲望に適った相手とつき合ってはいるが、自分の人生に対するのと同様に、相手が自分の一生においてどのぐらいの価値がある人かどうかにも自信が持てないのである。 かと言って慣習や惰性では結婚したくないから、独り身が多くなる。 こうしたモラトリアム人間の恋愛は、中途半端なものが多いから、嫉妬などの感情に駆られて自由を拘束すると、相手の迷惑になる。男女の関係も、自立と自由に重きを置いた方が良い。 自分のやりたいこと、好きなことがわからない女性は、男性との出会いだけを期待しても、「女性の文化」を開花させることは難しい。 慣習に合わせ適当に結婚して質の悪い「女性の文化」を開花させ、家庭内暴力を起こしたり社会の迷惑になっているケースも多い。 自分の価値観や基準に適う男性が現れない場合は、「女性の文化」のエネルギーを、人間として働く側のエネルギーに転換した方が良い。この方が、たとえ子孫を残さなくても、一人の人間としてずっと文化的で生産的な生き方ができるのだ。 もっとも好きな男性と出会おうが出会うまいが、初めから出産を放棄して人間としての仕事を追及する女性もいるが、このような人は特殊な才能を持っているのである。 出産して人間の育成に励む女性も、出産しないで社会の仕事に励む女性や男性も、この世への貢献という意味で等価である。 2001年11月13日(火)「群像12月号・星野智幸の<毒身温泉>を読んで」 三十、四十代の独身の数人の男女が一つのアパートに住んで、依存せず甘えず縛らない、群れない、自分で生活ができること、独りで死ねること、安住を求めないという、自立した人間として、あるいはそういった人間を目指して暮らしていく、という話だった。自立するというのは、すごく難しい。世の中を見回しても、自立した人間同士が健全な愛のもとに結婚して家庭を築いている、というケースは少ない。 淋しいから、金銭面で男性に頼りたいから、家事を女性にやってもらいから、性的に欲求不満になるから、親のため、大人になったら結婚して子供を作るのが通念だから、世間体のため、など自分の未熟さと惰性で結婚して依存し合うというケースが多いと思う。家庭を作っても内部で軋轢や問題が生じるのは、自分の未熟さを未解決のままに残して、配偶者や子供に依存しているためではないだろうか。 本当は自立した人間でないと家族間で健全な愛を育むことはできないのである。 このアパートに入居する登場人物は、自分の未熟さを見つめて自立しようとしている。結婚に逃避しないのだ。 では彼らに恋愛体験がないのか、というとそうでもない。恋人いない歴40年という人もいれば、恋愛体験を持っていたり、恋人のような存在がいたりする人もいる。 ただ、結婚を決断するだけの出会いがなかったのだと思う。 気の合う異性との出会いというのは、偶然によるものだから、いなければいないで一人で生きるのが自然だし、たまたま出会いがあったら一緒になれば良いし、たまたま複数の異性と気が合うということもある。 こういった偶然に生じる異性との人間関係に優劣も善悪もない。独身か既婚か子供がいるか配偶者の他に愛する異性がいるか、という身内の環境に価値の差はない。その人間関係に嘘がないなら、生産的な社会を形成する貴重な一部分だ。 だから自分の未熟さゆえに恋人になったり結婚するのは欺瞞だ。逆に恋人や夫婦の安定のために他の異性関係を排除するのも欺瞞だ。夫婦関係や他のどのような関係でも、他を排除することで成り立つ関係にはどこか嘘がある。 こういった、愛などという高尚なものではない、馴れ合いと依存の男女の共同体は、「毒身温泉」を読んで自立を目指す独身者の生き方を見習えば良いと思う。 独り身でも家庭持ちでも、人間関係に嘘がある時、病理が発生するのだと思う。好きでもない人と結婚したり、好きであるのにわざと関係を切断したりすることが、罪なのであり心が病んでいく原因になっていくのだ。 異性を「好き」になることはできても、なかなか内面や人格に関心を持つことは難しい。相手のことをよく知らないのに、「カワイイ」とか「カッコイイ」などと「恋愛」のようなものに陶酔している人が多い。「恋愛」のようなものに陶酔するのは気持ちが良いのだろうが、コミュニケーションではない。コミュニケーションとは、相手を知ることから始まり、痛みを伴うものだ。相手の現実を知っても「好き」な気持ちが依然としてあり、自分の命を注いでいく痛みが痛みではない時、「恋愛」という深いコミュニケーションなのだと思う。そこは関心や責任や人間としての信頼関係があると思う。 死ぬまで一人で生きていくとは、自立するとは、コミュニケーションとは、恋愛とは、結婚とは、いろいろなことを考えさせられる小説だった。 「なぜ独身が増えているのか/死ぬまで一人で生きる場合」 女性も経済的に自立してくると、結婚するメリットを見出しにくくなる。夫の姓を名乗り夫の両親からもいろいろ干渉される上に老後の面倒も引き受ける、となると、恋人のままである方が気楽だと思うのである。 子供が欲しいと感じても、住居や養育費などを考えると趣味を楽しむ余裕もなく、家のローンのために働き蜂になるようで、明るい見通しが立てられないのである。競争社会で虐めや引きこもりや人間関係障害が蔓延しているので、世の中に希望を持ちにくいということもある。 こういった困難を共に乗り越えられるぐらいの魅力ある男性との出会いがあれば良いのだろうが、なかなかないのである。 なぜ出会いがないのか、というと、自分の中に確固としたものを持った人が少ないせいではないかと思う。女も男も、自分のやりたいことがわからない、好きなことが見つけられないのである。仕事も食べるための手段になっていて、何のために生きているのかわからない。そのため自分が誰を必要としているか、誰を大事にすべきか、わからないのである。 とりあえず見かけがセクシーであるとかお金があるという理由で、多少の好意があれば後は欲望を満たしてくれる相手を選んで、自信も責任も持てないまま生きているのである。 かといって死ぬまで独身で生きるというのにも無理があると思う。人数で愛を証明する一夫一妻制はあまり意味がない。生きる支えになる深い異性関係は縁であるから、自然発生的であり人工的に作れるものではない。さきにも書いたように、そういった関係を持たない人もいるし、複数持つ人もいるのだ。また、異性との関係性も多様である。異性との人間関係にもっと社会が寛容になる必要がある。 もし死ぬまで一人で生きることになっても、生き甲斐や趣味があれば、生きる力となって自分を支えてくれると思う。好きなことに打ち込んでいると、けっこう楽しく生きられると思う。 2001年11月11日(日)「ピースウォーク」「宮内勝典氏の本について」 ピースウォークに行った。今日は300人ぐらい集まっていた。小説家の宮内さんの一派は前回よりずっと増えて、見印の地球儀が二つの竿にそれぞれ掲げてあった。宮内さんは、通行人にも参加してもらうように手招こう、と仰っていた。通行人にも参加してもらいたいとは、心底から願うのだけど、照れ臭くて私にはできなかった。私がやっても、きっと入ってくる人はいないような気もした。でも、大きく手招いて「皆さん! 一緒に歩きましょう!」と言えれば良いなあ、と思っていた。 奥様は気さくで優しそうだった。片目が網膜の病気とかで黒いサングラスをかけておられた。でも、明るい表情をしておられたし和やかな雰囲気があった。宮内さんも耳の検査をされたと日記に書いてあったので、心配になった。私にはどうしようもできないから、宮内さんがこれからもお体を壊さずに執筆されることを祈るだけだ。 奥様も本を出されているそうなので、さっそく本屋で注文をした。 「私の息子はニューヨーカー」集英社刊、である。 宮内さんの本や日記を知ったのは、2000年の5月頃だった。「人は風に生まれる」「鷲の羽を贈る」(三五館)「この惑星こそが楽園なのだ」(講談社)「ぼくは始祖鳥になりたい」「善悪の彼岸へ」「バリ島の日々」(集英社)などを読んで素晴らしいと思った。「クリシュナムルティの日記」(めるくまーる)も読むつもりだ。これから出る「奇妙な聖地」も楽しみにしている。 始めに上げた三冊はエッセイだが、宮内さんとアメリカインディアンたちとの関わりが書いてあったのが印象的だった。インディアンたちと宮内氏のスピリットが切々と伝わってきた。「この惑星こそが楽園なのだ」で紹介されているインディアンの歌詞はとても良かった。インディアンたちは、経済的物資的には豊かになった代償として内面が空洞化してしまった私たちとはまったく違う生き方をしていたのだと思う。「人は風に生まれる」の最後の方では、サンディニスタ政府とインディアンたちとの戦いは、物質主義とスピリットとの戦いなのだという節があり、深く納得した。宮内氏も、不当な弾圧からインディアンたちの人間としての権利を取り戻すために彼らと共に戦われた。きっと彼らをお腹の中で好きだったからインディアンの独立国を願うあまり共に戦ったのだと思う。 本の中では、インディアン・ゲリラの指導者ブルックリンの暗殺を防ぐために、宮内氏や仲間のインディアンたちが、身体を楯にしてブルックリンをガードしたりして命を賭けて助け合い、命を落とすことも厭わない勇気と正義感と優しさにあふれる行動をしていた。 こうした存在を賭けた生き方をしているインディアンたちと同じスピリットを宮内氏も持っておられるのだと思う。 宮内氏の日記を読むと、それが伝わってくるのだ。 「鷲の羽を贈る」ではインディアンのスー族たちと「スウエット・ロッジ」という儀式をやる。宮内氏は彼らと一緒に素っ裸になって天幕の中に入り、真っ赤に焼けた石塊を囲んで車座になってあぐらをかきお祈りをする。儀式で水を石塊にかけると、炎のように熱い蒸気が充満し、耐えられない熱さで宮内氏は悲鳴をあげるのだが、その間にもインディアンたちはお祈りをしていて、宮内氏は灼熱で気を失いかけながら耐える。自分たちや世界のためのお祈りが終わって外に出ると、宮内氏の手の甲や胸は火傷を受けていた。インディアンたちも赤く水ぶくれしていた。彼らは宮内氏に、最も深い友情のしるしとして、鷲の羽を贈った。宮内氏は肉体的な苦痛を味わっても、彼らを好きだったから心は苦痛ではなく彼らと結ばれた喜びがあったと思う。これが本当のコミュニケーションなのだと思った。 「善悪の彼岸」はオウムを深く考察したもので、オウム信者を論破していく姿勢で書かれていた。なぜオウムに入信するのか、なぜこうした狂信的な集団が出てきたのか、という視点からも日本の社会を蝕む虚無感についても書いてあった。 日本で生活していて、変だな、と感じることや、世の中に希望が持てないと思うことがあるけど、宮内さんの本や日記を読んだり生き様を見ていると、希望が涌いてくる。 ふだん多くの日本人は、特に女の子は、希望を持てない現実や虚無感など隠して生きていて、私が口にしようものなら「暗いね」と除け者にされてしまうのだが、こうした現実を直視して問題解決しようとしている文学者を見ていると、私も頑張りたいという気持ちが出てくる。 星野智幸氏の「毒身温泉」も、こうした心の深刻な問題と地続きになっているテーマを扱っていたと思う。「死ぬまで一人で生きるとはどういうことか」を考えさせられた。これについては、また今度。 「米国はラマダン(断食月)でも攻撃を続ける」 今、アフガンでは500万人の人々が飢えている。もうすぐこの冬で多くの難民が凍死してしまうのだろう。これこそが狡猾に計算された米国の集団殺戮である。一発2億円以上もするミサイルを撃ち込み続け、日に日に死傷者が増える一方であり、街や自然環境の破壊ばかりか、文化遺産の遺跡も破壊している。 その上、ラマダン(断食月)にも攻撃するという。これは、イスラム世界への侮辱である。この先、ただではすまないだろう。タリバンは核兵器を所有しているという。米国の出方次第では、世界戦争にまで発展し核兵器が使用されるかもしれない。 今日の読売新聞の7面に、広報担当の米国務次官がイスラム教徒らとの「対話」を進める情報外交の新政策を発表した、と書いてある。具体的には、ビンラーディン氏の発言を載せ、アラブの有識者の反論と対置させるなどをした広報冊子を出すらしい。 しかし、これも米国に有利なように作るに違いない。ますます、米国の都合の良い情報操作で人々が操られるだけではないか、という気がする。 反戦の国際世論が高まってきたのを牽制しようとしているのではないだろうか。 湾岸戦争の時に、イラクがやったとして公表された「油まみれの水鳥」も、実はアメリカ軍が誘導爆弾によってゲッティ・オイル・ カンパニーの原油貯蔵施設から流出させたものだった。 イラクのクウェート侵攻直後、クウェート「難民」と称する少女が、米国下院において主だった国際テレビ局の前で、「私は、クウェートから脱出してきたばかりです。私は、イラク兵が未熟児保育器から赤ちゃんを取り出し、冷たい床の上で死なせるのを見ました」と証言したのは、まったくのでっち上げだった。この少女は、ワシントン駐在の駐米クウェート大使の娘であり、湾岸危機の前後クウェートにはいなかったそうだ。 つまり、こんなひどいことをしているイラクを攻撃するのは当然である、と いう方便のための嘘の報道だったのである。 何を言うか、ではなく、何をするかが重要である。米国が対話の姿勢を本気で持つならば、武力攻撃を今すぐに止めるべきなのである。 米国の情報操作について。 http://archive.jca.apc.org/peace-st/syorui/uso.html 2001年11月9日(金)「ATOMIC REACTOR TOUR 2001 秋」 今日はクラブ友達と渋谷で食事をした後、港区海岸通りにあるクラブ「CUBE」に行った。1Fから6Fまであるクラブ(5Fは使用していなかったと思うが)で、それぞれのフロアはかなり広く、フロアの雰囲気が階ごとに違っていた。トランスとチルアウトが別々のフロアで鳴っていた。この日は、DJアートマンがチルアウトを回すので楽しみにしていたのだが、4Fのトランスの音で踊っていたらいつの間にか時間が経ってしまって、ARTMANのを聴きそびれてしまった。 DJ、ARTMAN、前はKUDO名義だったが、彼を尊敬している人は多い。彼が12年前に渋谷のCAVEの“トランスナイト”で一人で回していた頃からファンだという人も来ていた。私がDJ、KUDOを知ったのは、9年ぐらい前に西麻布のYELLOWの“タイム”で一人で回していた頃だった。渋くて力強いが繊細なところもあるトランステクノの音だった。ジャンルで括られるのは好きではない、とどこかで言われているのを聞いたことがあるが。ARTMAN名義になってからはチルアウトのジャンルでPLAYされている。日本でトランステクノを広めた彼の功績は大きい。 沢山のフライヤーと一緒に、BALANCEというテクノ系の音楽情報の小冊子も沢山置いてあって、文化人の反戦の声が載っていた。小説家の宮内さんや坂本龍一、ARTMANなどの文章があった。 来ていた人たちにも意見を聞くと、戦争は嫌だ、とか戦争反対だという答えが返ってきたり、ラブアンドピースのTシャツを着て踊っている人もいて、みんな平和を望んでいるのだ、と感じた。 「群像」12月号に掲載されている星野智幸氏の小説「毒身温泉」を読んだ。氏のHPの日記に、この小説にはちょっとした仕掛けがしてある、と書いてあったが、本当だった。ここで種明しをしてはいけないから書かないけど、仕掛けのおかげで「本能と文化」について考えさせられた。 いろいろ書きたいことがあるけど、今は帰ってきたばかりで土曜日の朝、眠いからまた今度。 2001年11月7日(水)「イランとの出会い(2)ー心」 イラン人たちは人と関わる時、信頼できる人物かどうか、正直かどうか、を重要視する。それは女性に対しても同じことだった。日本で生まれ育った私は、日本人の男性から、顔がカワイイかどうか、スタイルが良いか、歳はいくつか、といった見方ばかりされ、内面的なことなど問われることはほとんどなかったので、清々しい感じを受けた。 しかも日本では、自分の心が問題にされることもなければ、関心を持たれることもない。それどころか、心を隠したり、心などどうでも良いこととして生きているのが一般的ではないだろうか。 過去を振り返ると、学校生活でも、成績が良いこと、女の子は美人であること、に価値が置かれていて、そうでなかった私は常にそういった人々に合わせていかねばならなかった。能力と美しさをトップにしたヒエラルキーのような人間関係だったので、そういった価値観に媚びなければ孤立してしまうのだった。 疑問を感じながら学校を卒業して世に出ても、やはり同じ構造になっていた。それも一層はなはだしく価値体系のトップにお金や若さが加わるのだった。地位や資産を持っている人はとても威張っていた。私はやりたい仕事では食べていけなかったので、生活のために全然好きではない仕事をしていた。だから、そういった本心など表に出せなかったし、常に媚びていなければならなかった。本心を言うと、孤立したり辞めさせられたりして生活できなくなるからだ。 こういった資本主義の価値体系と、生活のために心を犠牲にせざるを得ない社会状況であることと、心の触れ合う人間関係が持てない、何を好きなのかわからない、何のために生きているのかわからない、自分は孤独である、という虚無感や淋しさとは密接につながっている。人間関係の希薄さ、学校での虐めや母親の子供への虐待、少年の凶悪犯罪、引きこもり、などのニュースで新聞やテレビが連日賑わっているのを見ると、これは私一人の問題でなく社会問題でもあるのだった。 商品価値で存在価値が決まってしまうこの社会で、私が孤立せずに日本の人々の中で生きてこられたのは、心を隠して周囲に合わせていたからだった。こうした表面的なつき合いが、一般的な私たちの人間関係であり、これでうまく世の中が渡れるのである。 ところが、イランの人々は違っていた。彼らは心を表に出すことで人間関係を築くのである。彼らは心を剥き出しにすることで、濃い信頼関係を持っていたのである。 会話の中で、私が他人の答えを真似すると、すぐに彼らは不思議そうな顔をして、「本当にそう思ってる?」と聞くのだ。たとえ他人と違っていても、感じていることを正直に言うことを私に促すのだった。彼らは、どう感じているか、どのような気持ちなのか、を大切にしていて、相手の心も見定めようとするのである。彼らは相手の心が見えないと不安なのだ。少しでも不安があると信頼しないのである。 ある日などは、私を不審に思ったイラン人がこう言って私を試したことがある。 「部屋にゴキブリが多いからついにゴキブリホイホイを買ったんだ。ほら、そこにあるでしょう」 と彼は家具の裏を指差すのである。私はよく見えなかったが、 「そうね」 と適当に合わせたのだ。どうでも良い話題だったこともあるけど。それでも、イラン人たちは納得がいかないのである。 「あんた変わってるね。そこには置いていないよ。どうして嘘をつくの?」 と責められてしまうのだった。私から見ると小さなことでも、嘘か正直かにとことんこだわるのだった。 他のイラン人もそうだった。どこに行ったか、という質問をされたので正直に、渋谷と答えたつもりだった。その後でまた同じ質問をしたので、私はもっと具体的に原宿と答えたのだ。するとその人は、渋谷と原宿が近いこと、原宿は渋谷区にあることを知っているはずなのに、 「さっきと違う答えを言っている。どうして嘘をつくのだ」と責めるような怯えるような目で見るのだった。 このように彼らは正直さにとてもこだわっていて、日常の仲間との頻繁な会話で確認し合っているのだ。そして、嘘を言っている人間を軽蔑し、正直で誠実な人間を、とことん信頼するのだった。 このようなイラン人たちであるから、私が化粧をしようがすまいが私への見方は変わらなかった。これも清々しいものだった。女が化粧をしなかったり、ブスであったりすると、日本人の男たちからはバカにされるからだ。 <つづき> 2001年11月5日(月)「イランとの出会い(1)―濃い信頼関係」 初めてイランに触れたのは、1993年の秋だった。同じ街に住んでいたイラン人と話をするようになったのをきっかけに、在日イラン人たちの生活ぶりを見せてもらうことになったのだ。彼らはオーバーステイだったが、真面目に働いていたイラン人だった。オーバーステイといっても、日本で真面目に働いているイラン人の多くは、イランではテヘラン在住の中流階級かそれ以上の家庭の息子である。 イラン人たちは毎日のように仲間と車座になってチャイを飲んだり、自分たちで料理を作って食べながら話をしていた。どこに遊びに行きたいか、仕事は辛いか、給料はどうか、職場で嫌な思いをしたこと、将来の夢、恋人のこと、最近見かけなくなった仲間の安否の事など、本音で語り合っていた。困った時には助け合い、彼らは、何十万単位のお金や携帯電話の貸し借りなどもしていた。にもかかわらず信頼関係を保ち仲良く遊んでいるのが、私には不思議だった。日本で友人同士と多額のお金の貸し借りをしたら、関係にひびが入ってしまう。 「返さなかったらどうするの?」と聞くと、「あいつは絶対に返すんだよ」と言う。返すと信じて疑わないのだ。そして実際に返すのだ。こういった担保のない貸し借りが日常的に行われていて、しかも信頼関係が揺るがない。この濃い信頼関係は、どこから来るのだろうか、と考えていた。 彼らは友達が多く、いくつかのグループに分かれていた。みんな平等で、威張ったり、張り合ったり、虐めたり、悪意から悪口を言ったり、グループ同士で喧嘩をすることはなかった。たまに仲間同士が喧嘩をしても、正義感のためであり、尾を引かず陰険なことはしなかった。基本的に裏表がないのだ。みんな助け合ったり遊んだりしていて楽しそうだった。実際に、イランに帰った一人が、「日本で失業したり職場で虐められたり貧乏な暮らしをしていたけど、友達がいたから楽しかった」と言っていた。 彼らは濃い信頼関係によって結ばれていたが、それは一人一人が胸の内に紳士的なもの、ある種の倫理観を持っていたためだと思う 彼らが重要視するのは、「正直さ」である。「正直さ」によって信頼関係が保たれるからである。「正直」になるというのは、日本人の私にとっては努力を要することだった。<つづき> 「桂川幸助タピストリー展 ”01」 私が習っている織物の桂川先生の個展に行った。下記の写真は花がモチーフで、写生から行い時間をかけて丹念に織られた一流の芸術品である。めったに見ることのできない素晴らしい織物のアートの個展だった。他に、もっと色鮮やかで、モダンでユニークなデザインのものが沢山あった。過去の作品もファイルで沢山見せてもらった。昔の作品と今のとではかなり作風が違っていた。10年以上前の作品では、モチーフは花だが、ビビッドな色彩で具象画のような織物が多かった。私は昔の作風の方が好きだった。10年以上も前の作品といっても、技術は確かだし本物の芸術作品であるから、値段表がありいつでも制作注文できるのだ。日展入選作の「グロリオーサ2」を、とても好きだった。神秘的な深い緑や黒の森の空間に赤いグロリオーサが浮き出ているような幻想的な綴れ織りで、100万円だった。「カンナ」も好きだった。情熱的な赤いカンナが一面に咲いていて、白い葉が赤いカンナを透かすようように織ってあった。高額だから買えないけど、自分は素晴らしい技術を持った本物の芸術家に教わっているのだ、と改めて感じた。 個展で展示してある作品でも、小さいものは数万円、大きいものは250万円だった。 桂川先生は、多摩美の非常勤講師であり光風会という美術団体の審査員もしておられる。 11月5日〜10日(土)まで 千疋屋ギャラリー(京橋) クリックしたら桂川先生の作品と詳しい情報が見れます。 http://www.din.or.jp/~kazu/my-teorikyoushitsu2.htm 2001年11月4日(日)「報復戦争反対に女性が多いわけ」 11月3日付けの朝日新聞の天声人語に次のような記述があった。 「英国の世論調査の数字を見ていて、これほどはっきり男女差が出てくるものか、と改めて考えさせられた。その一部を紹介しよう。アフガニスタンへの英米の攻撃について尋ねた調査で、先月末ガーディアン紙が発表した。2週間前の調査と比較した。全体で武力攻撃への支持が12ポイント減って62%に落ちたが、女性に限ってみると、68%から51%へと激減した。男性は80%から74%への減少だった。<アフガニスタンに援助物資を届けるために、空爆を一時停止すべきかどうか>の質問には、全体で過半数の54%が停止を求めた。これも男性が停止賛成49%、反対40%で割れているのに対し、女性は停止賛成が59%、 反対19%ではっきりと空爆停止に傾いている。…… 古代ギリシャの戯曲「女の平和」(アリストファネス作)を引くのはあまりに紋切り型かもしれない。好戦的な男性と平和的な女性というのもあまりに図式的かもしれない。しかし、こう数字ではっきり出てくると、女性たちの動きに注目せざるをえない。」 報復戦争支持が男性に多いのは英国に限ったことではない。日本の新聞のアンケートでも、報復戦争反対は男性より女性の方が多いという結果が出ている。 なぜだろうか。 女性には本来、愛し合った男性との間で子供を産み育てる、という機能が備わっている。愛情で家族を包み健全に育てていく、という本能的な仕事が、身体の中に構造として組み込まれている。個々の生き方としては、結婚や出産を望まない女性や同性愛者もいるが、身体の構造を変えてしまわない限りは、たとえ退化していても、女性の誰もがこうした機能を持っているのである。 こうした身体の環境の中では、愛する存在を守るため、発育を妨げないため、力において性的に不利な自分の身体を守るため、暴力をできるだけ退けていくことが必要なのである。 女性の非暴力への志向は、愛の巣を作り子孫を育てていくための性から派生した、本能的なものだという気がする。 非暴力を支持するのが女性に多い、ということに同じ性を持つ者として誇りを感じるが、一方で本能や感情にあまりに埋没している女性たちもいる。そこには、男に依存する生き方をしていたり、自立していないために自信が欠如している、という原因もあると思うが、アフガンで犠牲者が出れば「かわいそう」、米国で犠牲者が出ても「かわいそう」、パレスチナやイスラエルの区別もなく誰かが犠牲になれば「かわいそう」と言うのである。かといって非暴力の運動などには関心がない。美味しいものを食べて夫に愛されて子供が健在ならそれで良し、世界で「かわいそう」な惨劇が起きてもブラウン管の向こうのこと、と軽薄で呑気な生活をしている。人間関係においても意見をはっきり言うのを好まず、誰に対しても、なあなあで接するのだ。多数派を率いる強い存在にはすぐになびいて同調する。 自戒もこめていうと、こうした態度は、優しさではない。世界に対して真面目に接していない、ということである。自分の言葉や行動は、どのような意味を示すのかを考え、それに対して責任を持つべきなのである。たとえ他人と違っていても、一人で行動できることが、自信のある大人なのだ。私は自分の中にもあるこうした部分を、変えていきたい。世界は深い場所で地続きなのだから。 2001年11月3日(土)「現代美術は行き詰まっているのか?」 横浜トリエンナーレ2001を見に行った。はっきり言って全体的に安っぽい印象を受けた。パシフィコ横浜展示ホールという巨大な建物を使っているにもかかわらず、小部屋の中でどこかで見たような映像をスクリーンに映している、というものが沢山あった。床にスポーツシューズを沢山置いたもの、人間の脂肪で作ったという(本当かどうかはわからないが)4メートルぐらいの柱、歩くと音がするメタルフロア、明かりを透過させユニークな影を作り出す段ボールのシェード、使い古しの音響装置などがらくたを寄せ集めたようなオブジェ、小部屋の中をセメントで埋めたもの、さまざまなものがあったが、「新しい」現代美術という感じはしなかった。巨大な空間の中で遊んでいるような代物ばかりで、空間がアートとして有効に利用されていない気がした。小さな写真が沢山並べてある代物もあったけど、見にくいから雑誌にしてくれ、と言いたくなる。大きな魚のオブジェや、周囲に6本ぐらいの足を持つ金属製のロボットが展示されていたが、これもどこかで見たSF映画の舞台装置のようだった。 そんな中で、異質だったのは、塩田千春の作品「皮膚からの記憶2001」だった。 ビルの5階分ぐらいの高さがあっただろうか、泥で染めたような巨大なドレスが5枚ぐらい垂れ下がっていて、袖同士がつながっていた。上からシャワーによる水が滴り落ち、下に泉を作っていた。長い歴史の中で現実に直面し、苦悩しながら泥まみれになって歩んできた、女性たちの悲しみ、絶望、友愛などが、心に染みこんできた。品格があり、新鮮だった。おそらくこの作品は、「新しさ」を目的に作られたのではない。でも、この空間の中では、最も「新しい」芸術作品だった。 藤幡正樹の映像作品「フィールド・ワーク」もなかなか良くて、私の趣味に合った。宇宙のように真っ暗な空間の中で、寄り集まった針金の線路のような、軌道を思わせる線のところどころに写真が突き刺さっている映像である。写真は、自然だったり世界の街の何でもない風景だったりするのだが、静かな木琴みたいな音がする民族的な音楽を背景に、針金のような何本もの線が自由に動いたり、写真がアップに映し出されたりするのだ。特殊なメガネをかけると、立体映像になる。奇抜ではない、どちらかというと地味な作品だと思うのだが、政治、経済、人種、民族、宗教、国家、などを超えた、宇宙空間に存在する命の視点を感じて感慨深いものがあった。 海外38カ国から集まった様々な分野の作家たちが織りなす現代美術の祭典というコンセプトは面白いのだけど、中身が問題なのだ。 素晴らしい巨大なホールなのだから、スケールの大きい良質な芸術作品を展示して欲しい。 HPの更新は週に2回ぐらいにしたいのだけど、ついいろいろ書いてしまう。 でもイランについて話したいことが沢山あるのに、なかなか書けなくて残念だ。 2001年11月1日(木)「11月11日のピース・ウォーク」 小説家の宮内勝典氏の日記に、「次回のピース・ウォークは、11月11日(日曜)、13時半、代々木公園ケヤキ並木(渋谷公会堂側)に集合の予定です」と書いてあった。 私も行こうかと思う。テロ対策特別措置法案が可決されので、ますます不安な世の中になる。米国が報復攻撃を止めない限り、アフガンでも米国でも犠牲者が増える一方だ。世界中で、失業率は高くなり、会社は倒産し、不況で窮地に追い込まれる人々も多くなるだろう。人々の心は荒れて、あちこちで犯罪が起きるかもしれない。日本もテロリストの標的になっても仕方がないことになってしまったが、自爆による破壊や生物テロなどは防ぎようがない。核兵器や、天然痘などの空気感染する生物兵器が利用されると、私たちは死んでしまう。 「インテリ」の理屈より、普通の人々の平和を願う行動の方が、犠牲者が増えるのを防ぎ、暴力を止めさせ、非暴力での問題解決へと向かわせる力になるだろう。 ピース・ウォークについて/Chance! 平和を創る人々のネットワーク http://give-peace-a-chance.jp/ 「18日のNHK<インターネット・ディベート>でご意見募集中」 宮内さんの海亀広場のbP48に、NHK衛星放送「インターネット・ディベート」のディレクターの坂牧麻里さんからの投稿があった。以下は転載。 NHKの「インターネット・ディベート」では、11月18日(日) 22:45〜24:00 衛星第一放送で、特別番組を放送します。 タイトルは、「テロとの戦い 日本の役割は」です。 9月、同時多発テロ発生。10月、米英の報復攻撃開始。 そして、日本ではテロ対策特別法が先日成立しました。 自衛隊の派遣も間近に迫ってきています。 こうした中、今、日本はどのような形で国際貢献をしてくことが求められているのでしょうか? HPでは、英語のページも用意して、日本だけでなく世界の人と意見を 交換しながら、この問題を考えていきたいと思います。 アドレスは、http://www.nhk.or.jp/debate/ 英語版は、http://www.nhk.or.jp/debate/english/です。 みなさんのご意見は、番組の討論にも反映させていきますので、 ぜひご意見をお寄せ下さい。 「<月の光の下に>(イラン映画)の当日券が売れ切れだった」 この映画は、東京国際映画祭で二日間だけ上映された。二日目の今日、会場である渋谷ジョイシネマに20分早く着いた。わくわくして当日券を買おうとしたら、「売り切れです。前売り券か、招待券なら入場できます」と言われた。 そこで、目の前に建っている丸井百貨店に行き、9Fのチケットぴあで前売り券を買おうとしたら「当日上映の前売り券は打ち切らせてもらいました」と言う。ショック。マイナーな映画だと思ったのに、満杯なのだ。 もう二度とこんな事になってはいけないと思い、11月19日に有楽町朝日ホールで一日限りで上映される、イラン映画、マフマルバフ監督の「カンダハール」の前売り券を買った。1200円だった。 東京フィルメックスという映画祭の中で上映されるのだが、きっとこれも当日券などは早く売り切れるんだと思う。 |