2001年9月28日(金)「暴力反対は平和ボケではない」

 週刊文春10.4号で京大教授の中西輝政氏が、暴力反対を主張する坂本龍一、福島瑞穂、中村敦夫は寝言文化人だと言っていた。「報復は慎重に」「暴力反対」を叫ぶ人は平和ボケだと言うのだが、私には中西氏の方が危機に直面していないように思えた。日本がテロ攻撃を受けたらどうなるだろうか。米軍基地や原子力発電所や国立感染症研究所などが攻撃されたら、多くの人々が犠牲になり日本は危機に瀕してしまう。生物兵器なども使われたらなおさらだ。テロリストは日本にも潜伏していると新聞にも書いてあったが、彼らは何をしでかすかわからない。中西氏は、こういった危険を武力行使で防げると思っているのだろうか。例え一時的に防げたとしても、地下で渦巻いている怨念が消えるわけではないから、いつ第2のビンラーディンが出てくるかわからない。軍事力でテロリストを撲滅できるという考えの方が、おめでたくて現実味がない。犯罪者は正当な裁きを受けるべきだが、軍事力によるものは対症療法だ。一刻も早く争いを法廷に移し、複雑に絡まった怨念を一つ一つ解いて根本的な撲滅を目指すべきだ。



2001年9月27日(木)「スプラングを着る/古代技法の甦り」

 銀座に、スプラングの展示会を見に行った。スプラングとは、織物でも編み物でもない。BC1400年頃のデンマーク、BC3〜3世紀頃のペルー、4〜5世紀頃のエジプトコプト紀から伝わる、織りのように見えながら伸縮性のある不思議な古代技法である。ヨコ糸が存在しない。タテ糸だけで作られた、蜘蛛の巣のような目の布地である。〜29日(土)まで。詳細はここ。http://www.wacoal.co.jp/company/artspace/schedule.html
いつかぜひ学びたい技法である。



2001年9月25日(火)「<キシュ島の物語>(イラン映画)」

 とても美しい映像で、質が良い映画だった。三つのおとぎ話から成り立っていて、どれもが不思議で幻想的、詩的でユーモアがあった。
第1話「ギリシャ船」(ナセール・タグヴァイ)
 海辺に横たわる巨大な難破船。そこへ流れ着いた外国製品の段ボールを、夫が持ち帰り家や店に飾り付ける。だんだん落ちつきをなくし、魂を奪われていく妻。夫は、呪い師のところへ妻を連れて行く。呪い師の儀式で、妻は段ボールを怖がっていたことがわかる。夫は段ボールを再び海に戻すが、妻が安堵したのもつかの間、今度は大量の外国製品の空き缶が海岸にうち寄せてくる。

第2話「指輪」(アボルファズル・ジャリリ監督)
 職を求めてやってきた貧しい男が、ようやく海水を建設現場の車に給水する仕事を手に入れる。粗末な小屋に一人で住み、古いバッテリーから鉄を溶かして重りを作り魚を釣って売ったり、貝殻を拾い集めては売る。ありったけの方法でお金を稼ぐ男の暮らしが綴られる。こうして苦労と努力で貯めたわずかなお金で、妹の婚約者に指輪をプレゼントするために、ショッピングセンターに行く。再び海辺での生活が始まる。

第3話「ドア」(モフセン・マフマルバフ監督)
 一人の老人が、全財産であるドアを担いで広い砂漠を歩いている。その後を、嫌がる黒い仔ヤギを連れた娘がついていく。どこからやってきたのか、郵便配達人が手紙を届けにドアに書いてある番地を当てにやってくる。娘に恋をした男のプロポーズの手紙だが、老人は破り捨ててしまう。次に、どこからきてどこにいくのか謎の楽士たちが踊り奏でながらやってくる。「結婚式か葬式をやっているところを知らないか?」老人は答える。「誰が死んで誰が生きてるかなんて知らない」再び、息子からの手紙を持った郵便配達人がたずねてくる。老人は受け取らないが、しばらくするとまた同じ郵便配達人が船に乗ってやってくる。老人は、全財産であるドアを売ろうとするが、彼はドアを気に入らず去ってしまう。

 私は第3話「ドア」を一番好きだった。人の生死など知らない老人、喜びや哀しみに無関係な楽士たち、ドアに番地があれば手紙を届けるべきだと思いこんでいる郵便配達人、心のない義務だけを遂行しようとするサラリーマン的人物がユーモラスに描いてあった。それに反発するかのように、ジャンプしたり踏ん張って歩こうとしない娘の仔ヤギが印象的だった。絵的にも計算されていて、すべてが象徴的で美しく、民族的な音楽も良かった。

シネ・アミューズにて。21:20〜。渋谷文化村通り・東急本店前。10月5日まで。
http://www.cqn.co.jp/THEATER/amuse/amuse.html



2001年9月24日(月)

 私が楽しんでいる間にも、世界では恐ろしいことが起こりつつある。
アメリカ特殊部隊がアフガニスタンの北部に潜入したり、周辺国に到着している。パキスタン、インドも協力する。もうすぐ、罪のない子供たちや障害者、女性や老人、飢えた人々、普通の人々が殺されるのだろうか。戦争の指導者たちはきっと核シェルターなどに逃げ込み生き残るに違いない。戦争が終わると、コロリと180度思想と主義を変えるかもしれない。その頃には、どれほどの人々と自然が犠牲になっていることやら。取り返しがつかないことになっているかもしれない。
日本にもテロリストが潜伏しているというが、ビンラーディンらは捕まって処刑されるぐらいなら自爆で世界を滅ぼそうと思っているのではないだろうか。
それをくい止めるために、私はできる限りのことをしたい。
ここに、アフガニスタン出身でサンフランシスコ在住の作家・コラムニスト、タミム・アンサリー氏の興味深い文章が載っていた。
http://www.yorozubp.com/0109/010919.htm



2001年9月23日(日)「<音や金時>ネパールライブハウス」

 
「音や金時」というネパールライブハウスで、タブラ、シターラ(石島氏の開発した楽器)、タンプーラなどのインドの民族楽器を使った即興音楽を聴いた。ここではインドやネパール、中東の楽器を使った民族音楽のライブをよくやっている。明日も、シタール、サロード、タブラを使った即興音楽があり、行きたいけど行けるかどうかわからない。スケジュールを見ると、毎日のようにやっている。特に興味あるのは、10月7日(日)の「語りとサズ、ウード」、10月25日(木)の「ヒマラヤ」というイベントで、この日はバンスリ、タブラ、マーダル、ディメという楽器を使った民族音楽とネパール舞踏がある。11月2日(金)には「北インド古典音楽の夕べ」がある。あれにもこれにも行きたい。
http://www4.gateway.ne.jp/~otokin/
お気に入りだからリンク集に入れよう。
10月13日(土)にはCay(Aoyama/03−3498ー5790)でTrance「忘我」がある。Dakini Recordsが主催でこれも楽しみ。



2001年9月22日(土)「幻の布・ラオスの手織りの美」


 なかなか良かった。実物は写真よりも色彩が鮮やかで艶やか。緑、赤、金色など色彩が豊富で、紋様が繊細に織ってあった。14,5才のラオスの織子が実演をしていた。平織りの浮き織り(ヨコ糸が部分的に表面に浮き出ている)で素材はシルクだという。1日に15センチしか織れないという。ランチョンマットサイズの織物が3000円。ラオスの労賃らしい。ラオスには無名の素晴らしい感性を持った作り手が沢山いるのだ。
2001年9月19日〜30日(日)10:30am〜5:30pm 月・火休廊
ギャラリーHaRu東京都世田谷区野毛2−17−16(Tel)03−3705−0966
東急大井町線・上野毛駅より歩10分

私もいつかは自分の織物を提供したいと思っているが、いつになるのかは未定である。



2001年9月21日(金)「HP開設のきっかけ」

 
私は小説創作に関心があり、自分なりに小説を書いてきた。できれば出版したいので新人賞に応募しているが、受賞するのはとても困難に思える。実力に加えて、年齢や話題性、運などに左右されるからである。ある新人賞の一次予選も通過しなかった作品が、別の新人賞では受賞したりすることもあるのだ。それも受賞できるのは、たった一人。応募者数が1800人いるなら、残りの1799人の作品は多量の紙くずとして葬られてしまう。だが書き手としては、自分なりにエネルギーや能力や経験を注ぎ込んでいるから、無念の思いがある。かといって作品を一つ一つ自費出版するのも費用がかかり過ぎる。そこで、HP開設を思いついたのである。



2001年9月18日(火)「日本はアメリカを批判できる強さと誇りを持つべき」

 17日、イランの最高指導者ハメネイ師は「イランは、新たな悲劇につながるであろう、アフガニスタンに対するあらゆる軍事行動を非難する」と声明し、アメリカに対して毅然とした態度を示した。私がイランに行った時、「イラン・イラク戦争で我々はいかなる戦争もすべきでないことを学んだ」という声をあちこちで聞いた。
日本の小泉内閣は、アメリカを全面的に支援するつもりだ。中には、憲法9条の改正や解釈改憲を行い軍事化を進める動きもある。
 日本は第二次世界大戦後に、戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認をしたはずだ。だが経済復興を果たして世界に経済大国として認められると、戦争の痛手を忘れ去ったのか、今度は軍事力に強さのイメージを見出しているのである。軍事力は人間をひるませる強さを持っているように見えるが、人の心までは変えられない。軍事力で国を破壊することはできても、怨念が生み出され地下で永久に渦巻くのだ。この渦巻きで戦争の連鎖がおきている。軍事力による対症療法的な解決ではなく、原因を解いていく根本的な解決を目指すべきである。
 日本は、過去の過ちを振り返り、テロリスト側とアメリカ政府との報復合戦の原因はどこからくるのかを冷静に見極め、アメリカなどの大国を批判できるぐらいの強さと誇りを持つべきである。
 日本はアメリカに迎合しているのではないだろうか。
 ところで、イランは18日、「米の攻撃が目標を限ったものであれば支持する」と言ったらしい。目標が限られていれば、安心だろうか。世界戦争にまで発展しないだろうか。私はこのテロ事件以来、どことなく不安を抱えながら生活するようになった。
 小説家・宮内勝典氏の海亀広場に、戦争反対の署名運動をしている団体がURLを載せていた。私は署名した。
 http://www.thepetitionsite.com/takeaction/224622495
 
その他にも、宮内氏が転載している平和運動もあった。これは平和と正義を望むアメリカ人の一退役軍人がブッシュ大統領に宛てた手紙を新聞に全面広告しようとする運動である。
 http://www.peace2001.org/



2001年9月16日(日)「アメリカ同時多発テロ事件/武力行使は、次のテロを生み出す」


 せっかくHPを立ち上げたものの、世界では先行き不透明な戦争が起こりつつある。アメリカ政府は、武力行使によってテロが撲滅できるという、全くの誤解と思い上がりで戦争を進めている。アメリカ政府やNATO諸国は、ビンラーディンは自由主義や民主主義社会への反発からアメリカを攻撃したと言っているが、それは違う。ビンラーディンがアメリカを攻撃したとすると、その理由は<聖地を守るため>だ。アメリカが、メッカ、メディナという二大聖地のあるサウジアラビアに軍隊駐留を続けていることと、パレスチナ問題でアメリカがイスラエルを支持していることから、アメリカへの怨恨が高まってきたのである。もちろんテロ行為はあってはいけないし、犯罪者は正当な裁きを受けるべきだ。
 しかしアメリカ政府はこれまでずっと、理解に向けての話し合いを放棄して武力行使で悪を掃滅しようとしてきた。まさにこのやり方が、テロを生み出す土壌になったのではないか。少し前に催されたダーバンの「人種主義に反対する世界会議」でも、アメリカとイスラエルは話し合いを途中で放棄し会議離脱をした。
アメリカの<話し合いよりも武力行使で悪を根絶させる>という態度がある限り、問題の根本は永久に解決しない。武力によって基地や街などを破壊しビンラーディンらを死刑にしても、テロリストたちは、<またしてもアメリカから迫害された>と水面下でアメリカへの怨恨をますます募らせていくだろう。武力によって一時的表面的には弱体化させることはできても、深い怨恨の渦巻きを解いたわけではないから、再びさらに憎悪のエネルギーを増した第2のビンラーディンが出現するだろう。
 武力行使によって、こうした報復の連鎖が続き、ますます真の解決から遠ざかっていく。
テロを根絶するために、今すぐにでも国連の各国の首脳会議を開き、歴史的な過去の問題に遡ってとことん話し合うべきだ。
 ところが、ブッシュ大統領は世界に向けて、戦争を始めるので協力してくれるか、という話ばかりをしている。
今回の報復合戦では、何が起こるかわからない。アメリカ政府が攻撃するなら、ビンラーディン側は捨て身で報復するつもりだからだ。それもアメリカやアメリカを支援する国家の攻撃が増すにつれ、彼らの憎悪と絶望はさらに広がり深くなるだろう。もしも化学兵器や生物兵器を使用したら、日本にも危険が及んでくるかもしれない。それでなくても、戦争が長期にわたると、ますます不況になり失業者が増え、人々の心が荒れてくる。世界では犠牲者が増え、地球汚染もひどくなるだろう。この永久に連鎖し続ける報復合戦を止めないかぎり、取り返しがつかないことになるかもしれない。
 アメリカ政府は、武力で問題を解決できるという思い込みを、今すぐ捨てるべきだ。
 真の解決は、なぜこれほどまでに多くの怨恨と絶望を生み出したのかを問い、話し合い、一つ一つ究明していくことだ。
 武力行使によってテロを掃滅させることは不可能である。双方とも正義どころか、話し合いを放棄している罪に問われるべきだ。




2001年10月2日設置